複合衝撃(3)
ボゥシューが、ミーテイングルームのモニターで、惑星の様子を眺めている。
小さめのモニターということもあるが、衛星の追突の瞬間はよくわからない。落下中は大気との摩擦で線状光が尾を引くが、強いて上げれば、それが消えてしまった瞬間が衝突である。
2つの衛星が同時に地表に到達し、しかもちょうど反対の位置に落下するよう調整されているため、1視野では、ひとつの衛星の衝突しか観察できない。いちおう両方追尾しているが、2画面同時でも大差はないので、ボゥシューは大きい方の衛星だけ見ていた。
衝突からしばらくすると、落下点付近が霞がかかったようにぼやけだし、やがてそれは濃く、黒灰色の雲となって惑星全面を覆っていく。裏側からのもうひとつの月でできた黒雲も合わさって、惑星はすっかり雲に覆われてしまった。
黒雲の下、ときおり暗褐色の光が、斑点のようにところどころに浮き出ては、ゆっくりと雲の下を移動していく。そこから先は、かわりばえしない映像が続く。
「なんだか、ずいぶん早いなあ」
ボゥシューの肩越しにモニターを覗いていた。タケルヒノが寸評した。
「300倍速再生だからな」
ボゥシューが振り返った。
「1日が5分、1ヶ月が2時間半だからこんなもんだ。あと、どれくらい見てれば、この雲は晴れる?」
うーん、とタケルヒノは腕組みした。
「300倍なら10万年くらいかな」
「気の長い話しだ」
ボゥシューは立ち上がると、ビュッフェのほうに目くばせした。肯いたタケルヒノは、ボゥシューについてビュッフェに入った。
「コーヒーでいいのか?」
ボゥシューは自分の苺シェークを入れてからタケルヒノに聞いた。
「僕も同じので」
「苺シェーク?」
「そう」
「珍しいな」
たまにはね、と笑ったタケルヒノはボゥシューの向かいに腰掛ける。
ボゥシューはシェークカップをタケルヒノの前に置いた。
「また、安請け合いしたみたいだな」
「何のこと?」
「ティムナー」
ああ、と素っ気なく言って、タケルヒノは苺シェークを一口飲んだ。
「こればっかりは、しょうがないしなあ。あの2人も辛そうだったし」
「2人?」
「アグリアータとラクトゥーナルが来たんだよ」
タケルヒノは、わざわざ古い方の名前で言った。
「あの2人、嘘つくの下手だからなあ」
「なんでまた、そんなことに?」
「うーん、あの2人が、嘘ついたっていうより、嘘ついてるのは第一光子体だしなあ」
「なんで、第一光子体が嘘つくんだ?」
「なんで、って、あの人、嘘つきだもの」
タケルヒノは苺シェークを飲み干して、自分でおかわりを注ぎに行った。帰ってくるなり、続きを話しだす。
「本当のことと嘘と2つあって、結果が大差ないんなら、必ず嘘つくんだよ、あの人。大抵のことは、本当のこと言ったほうが、面倒がないから、叔父さんも普段は本当のことしか言わないけど、機会があれば嘘つくんだ。今回は特に嘘のほうが面倒が少ない稀有な例だから、こんな機会をあの人が逃すはずがない」
「意味がわからんな、なんで、そんなに嘘をつきたいんだ」
「そりゃあ、嘘ついたほうが楽しいからに決まってる」
突然、現れた、ジムドナルドが、コーラをがぶ飲みしながら、大笑いする。
「嘘ってのは、楽しいからな。俺の知ってる嘘つきは、みんな陽気なヤツばっかりだ」
「そうか? 嘘つきは自滅してるヤツしかみたことないが?」
「そりゃあ、ボゥシュー、嘘じゃなくて、言い逃れ、って言うんだ」
ジムドナルドはまた笑う。
「言い逃れは、嘘なんて高級なものじゃない。言い逃れするような奴は馬鹿ばっかりだからな。言い逃れ、っていうのは嘘と本当の区別がついてない奴のすることで、嘘つくのは、馬鹿じゃできないよ」
ジムドナルドの言に反論するのも馬鹿馬鹿しくて、呆れ顔でボゥシューが黙っていると、間を抜いて、タケルヒノが小声で言った。
「だからね。この件は僕がなんとかしないと、ジムドナルドが首突っ込んでくるんだよ。彼は嘘つきが大好きだからね」
「それだけは、なんとなくわかる」
ボゥシューは苺シェークに口をつけたが、中身は半分も減っていない。
「ヒューヒューさんはザワディが好きですね」
いつもどおり、ザワディに巻き付いている、ヒューリューリーを見て、サイカーラクラが言った。
「もちろんです」
ヒューリューリーは巻きつけに使っていない上半身をぶんぶん回した。
「大事な友だちなのです」
「巻き付くと気持ち良いからですか?」
「いえ、巻き付くだけなら、ジムドナルドのほうが良いですね」
「では、ジムドナルドと違って、ザワディは嘘をつかないから、好きなのですか?」
「え?」驚いたヒューリューリーの旋回が弱まった「ザワディは嘘つきますよ?」
「え?」
「ボゥシューにご飯をもらったあと、よく私の所に来るのです。ご飯、ぜんぜんもらってませんよ、という顔をします」
あぉん、とザワディは悲しそうに啼いた。
「すごいですね」
サイカーラクラは言った。宇宙にはサイカーラクラの知らないことが、まだ、たくさんある。




