複合衝撃(2)
「準備はだいたい終わった?」
並んでコンソールに向かって作業を続けるタケルヒノに、ジルフーコは声をかけた。
「終わったか、な?」
タケルヒノは椅子を回してジルフーコのほうに向いた。
「そろそろ、衛星軌道を離脱して、惑星軌道に入らないといけないな」
「出来栄えの確認くらいはしないの?」
「したって、どうなるものでもないからなあ」
その件に関しては、タケルヒノに、さして興味はないらしい。
「カメラ衛星を置いておくよ。見たい人もいるかもしれない」
「ご自由に」
「ボクは、適当なところで見学するので」
聞いてもいないのに、フラインディルが言う。
「つまり、その、ボクのことは、あまり気にしないでくれ」
もともと気にしていないが、言ったら角が立ちそうなので、タケルヒノもジルフーコもそのことについては触れなかった。
「ハリューダンの次はティムナーに行くのかい?」
「そうだけど」
フラインディルの問いにタケルヒノは応じたが、フラインディルはその次の言葉を言いにくそうにしている。
「いや、これは、あなたたちとは直接は関係ないんだが…」
結局、しどろもどろしながら、フラインディルは話しだした。
「ボクも、ちょっとティムナーに用があって、たぶん…、その、あなたたちには、まったく関係ないことなんだが。そちらも寄るのなら、ボクもまた会いにくるかもしれないので」
面倒くさい話しかたするなあ、とタケルヒノは思ったが、フラインディルの性格だし、しかたないんだろうな、と我慢した。こう言ってはなんだが、スラゥタディルがキレそうになるのもわかる。思うに、彼女は、よほど辛抱強いのだろう。
「あなたの用って、何ですか?」
いつまでたっても要件を切り出しそうにないフラインディルに、タケルヒノは仕方なく、水を向けてみた。
その言葉に、安堵の表情を隠さず、フラインディルが話しだす。
「最初の光子体の宇宙船を返してもらおうとしてるんだが、なかなかうまくいかなくて…」
「第一光子体の宇宙船?」
タケルヒノが聞き返した。
「ティムナーにも乗り捨ててたんですか?」
「ほう、面白そうな話しだな」
部屋のすみのソファから、ジムドナルドが起き上がった。
「寝てたんじゃなかったの?」
ジルフーコが笑う。
「寝てたさ」ジムドナルドは片目をつぶって見せた「いま起きたところだ」
ジムドナルドまで参入されては、フラインディル、あまりに分が悪い。何か言いたそうに口を開くが、すぐ押し黙ってしまう。
「あの、ゆっくりでいいですから、落ち着いて話してください」
タケルヒノが諭しても、フラインディルはなかなか要領を得ない。ダーでも呼んだほうがいいかな、とタケルヒノが考えていると、突然、真上から声がした。
「あとは、あたしが話します」
アグリアータ、と思わず叫んだ、ラクトゥーナルは、彼女に睨みつけられて、しまった、という顔をした。
「あ、あの…、スラゥタディル」
フラインディルは、たどたどしく尋ねた。
「リーボゥディル、は?」
「ボゥシューに預けてきましたから、心配しないで」
スラゥタディルは、フラインディルではなくてタケルヒノを見て言った。
「僕としては、話してくれるのなら、誰でも良いので」
タケルヒノは夫婦間のことには立ち入らないことにした。
「説明お願いします、できれば、手短にわかりやすく」
スラゥタディルは、一瞬だけ、有無を言わさぬ眼差しをフラインディルに向けた。フラインディルが黙ったままなのを確認して話しだす。
「ティムナーの住民とは、最初の光子体は接触はしていないんです。ティムナーのどこが、彼の眼鏡にかなわなかったのかはわかりませんが、最初の光子体は、ティムナーを素通りしました。でも、彼らは、ティムナーの住民たちは、苦労して、最初の光子体が乗り捨てた宇宙船にたどり着いた。宇宙船の技術や情報キューブの内容は理解できなかったようですが、たまたま開きっぱなしだったエネルギー伝送ビームの方向を彼らの惑星に向けることに成功しました」
「最初の光子体が、ずぼらで、いいかげんな性格なのはよくわかった」
ジムドナルドがここまでの話しを論評し、スラゥタディルはとくに反論はしなかった。
「最初は小宇宙艇を駆動できる程度のエネルギーしか漏れでていなかったので、こちらも気が付かなかったのですが、ある時期を境に流れ出るエネルギー量が膨大なものになったのです」
「どうも、ちょっと、よくわからないところがあるけど」タケルヒノが口をはさんだ「その情報は正確ですか?」
え? とスラゥタディルが戸惑いの表情を見せた。
「あたしが嘘をついていると?」
「いえ、そうじゃありません」
タケルヒノは笑いながら答えた。
「そんな短い話の中でも、辻褄の合わない部分が多すぎて、スラゥタディル、あなた、その話しの中でご自分で確認できている部分はどこですか?」
「膨大なエネルギーがティムナーに流れ込んでいる、というところです」
「第一光子体の乗り捨てた宇宙船には行ってみた?」
「ボクが行ったんだけど」そこはフラインディルが補足する「シールドのせいで中に入れなかった」
「その宇宙船を乗り捨てた時は、お二人は同行していなかったようですね」
フラインディルとスラゥタディルはここで顔を見合わせたが、タケルヒノのほうを向くと、2人同時に肯いた。
「だいたい、わかりました」タケルヒノは何かあきらめたような顔で言った「なんとかします。詳しい話しはティムナーに着いてからで」
「おい、また、そんな安請け合いして、いいのか?」
ジムドナルドが、にやにやしながら言う。
「しかたないだろ」タケルヒノは憮然とした顔だ「僕が引き受けなきゃ、君がやってしまうじゃないか」
「そりゃ、そうだが」
ジムドナルドは悪びれる様子すらない。
「俺がやって、何か悪いことでもあるのか?」
「君は話しを面白くしすぎる」
タケルヒノは真顔で言った。
「もう、ティムナーまで行けば、ファライトライメンにも近いし、あまり余計なことで時間を取りたくないんだ」




