3つの月(4)
ボゥシューは3人の部屋で、ベッドに寝転び、ぼーっとしていた。
サイカーラクラが来て、ベッドの隣にあるボゥシューのロッキングチェアに腰掛ける。
「今日は何だか疲れました」
サイカーラクラは体を前後させて、ロッキングチェアを揺らす。ボウシューは横になったまま、サイカーラクラのほうに顔を向けた。
「ワタシも疲れた」
「そうですか」
ボゥシューは、メトロノームのように揺れる椅子とサイカーラクラを眺めていた。
「タケルヒノに重中性子体のことを聞いた」
「なるほど、それで…」
サイカーラクラはボゥシューのほうに顔を向ける。サイカーラクラの顔が椅子と一緒にゆらゆら揺れる。
「重中性子体の話しは私も疲れます。無限大の話しは苦手なのです」
「重中性子体が無限大のエネルギーを使えるのは知ってた?」
「ええ」
サイカーラクラは椅子を揺らすのをやめた。
「私は励起子体。対重中性子体仕様の情報体です。だから、少しは知っています」
「恐くはない?」
「さあ、どうでしょう?」
サイカーラクラは、また揺れ出す。
「別に無限大のエネルギーなんて、重中性子体だけが使えるというものじゃありません。そもそも、宇宙船のエネルギーのもとが次元変換駆動機関ですから、これもエネルギーとしては無限大です。無限大なので私にはよくわからないのですけど。それに、対重中性子体仕様と言っても、絶対に、重中性子体と戦わなければいけないというものでもありませんし、嫌なら会わなければいいだけです」
「なるほど」
「それにジルフーコが言うには…」
何の脈絡もないところで、サイカーラクラの言がひっかかった。すぐに取り繕うように話しをつづけたので、ボゥシューには逆に奇妙に思えた。
「ジルフーコが言うには…、第一光子体と宇宙皇帝、どちらがタケルヒノの敵なのか、まだよくわからないのだそうです」
「ジルフーコが言ったのか?」
「ジルフーコがです」
「そうか…」
ボゥシューは、さしたる理由もなく、本当に突然、サイカーラクラに意地悪してみたくなった。普段のボゥシューなら、思いつきもしなかったが、だからこそ、やりたくなった。
「ジルフーコは、どうして、そんな話しをしたんだ?」
ロッキングチェアがありえない方向に傾いた。座っているサイカーラクラが変な動きをしたからだ。
「惑星改造のことを聞いたのです。ジルフーコはやるべきだと言いました」
「なぜ、やるべきだと?」
「情報体に、できないことだから」
「ああ、そういうことか」
「わかるのですか?」
「そっちの話しはな。よくわからないほうは…」
「あー、疲れた、疲れた」
イリナイワノフが、わめきながら部屋に入ってきた。
「もー、なんで、あんな口が硬いんだろ。さっさと白状すればいいのに」
「何の話しだ?」
自分の話しの腰を折られたボゥシューが、しかたないなあ、という顔でイリナイワノフに問う。
「ビルワンジルの初恋の人だよ」
まだ、やってたのか。呆れながらも、ボゥシューも、そこそこ興味はあるので、つい訪ねてしまう。
「どんな娘なんだ?」
「すっごい美人なんだって、ビルワンジル面食いらしい」
「へえ」
「あと、元気がいい子なんだって、それで優しくて友だち思いらしい」
「はあ」
いつの間にかロッキングチェアが止まっている。サイカーラクラは身を乗り出してイリナイワノフの話しに聞き入っている。
「なんかスポーツやってるらしくてさ、毎日トレーニングかかさないところとか、そういうとこが好きなんだって」
「え?」
「それって?」
「スポーツやってるんだ、ケニアの人、足速いもんね、って言ったら白人だって言うんだよ」
「…」
「…」
たまりかねたサイカーラクラが、遠慮がちに尋ねた。
「あの、何か、他に体の特徴とか聞けました? 髪の色とか?」
「ブロンドだって」
イリナイワノフは自身の金髪をかきあげ、ゆるんだリボンを結び直した。
あーっ、とイリナイワノフが突然、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「忘れてた。今日の走り込みが終わってない。ちょっと行ってくる」
そのまま、あわただしく、部屋を出るイリナイワノフ。
イリナイワノフの足音が遠ざかって、絶対に、帰ってこないと確信したサイカーラクラが、それでも、ヒソヒソ声で、ボゥシューに言った。
「アレはいったい何なんですか?」
「何、と言われてもなあ」
ボゥシューとしても、そう返すのがやっとだ。
「わざとやってるんでしょうか?」
「いや、単に鈍いだけだと思うが」
「それにしたって、ほどがあります」
サイカーラクラは立ち上がって、ボゥシューに、にじり寄った。
「私たち、何かしなくてはいけませんよね?」
「いやあ、それは、どうかな?」
ボゥシューは息苦しくて、そっぽを向いた。
「私、イリナイワノフには幸せになって欲しいのです」
「ワタシは? ワタシは、幸せにならなくていいのか?」
「ボゥシューは勝手に幸せになってください。止めはしません」
「ひどい言い草だな」
「ボゥシューの幸せは、タケルヒノ次第なので、私がどうこう言うことではありません」
「…」
「…」
そうだ、と2人は同時に声を上げた。
「ダーに相談しよう」
「ダーに聞きに行きましょう」
2人は、自分たちの声に驚くのも、もどかしく、急いで部屋を出た。




