3つの月(3)
「レウインデが来てました」
ミーティングルームのコンソールで作業しているジルフーコに、サイカーラクラが近づいて来た。
「ああ、いたね」ジルフーコが答えた「ジムドナルドと話してたよ」
「何故、ジムドナルドなのでしょう?」
「いちばん恐くなさそうだからじゃない?」
「他の人はともかく、私は恐くありませんよ」
「そうだね。レウインデが何考えてるかはわからないけど」
サイカーラクラはジルフーコのとなりに腰掛けた。
「私は励起子体です。対重中性子体仕様の情報体ですから、光子体に優位性はありません」
「もしかして、最近、トレーニングしてるのって、そのせい?」
「なんのことでしょう?」
「違うんならいいよ」
サイカーラクラは身を乗り出して、ジルフーコが作業中のコンソールの中身をのぞき見た。
「ジルフーコも、惑星に海を造ったりするのが、好きですか?」
ジルフーコは振り返って、サイカーラクラの顔を眺めた。表情だけでは、サイカーラクラが何を考えているのかはわからなかった。
「好きでも嫌いでもないよ」
ジルフーコは答えた。
「でも、レウインデの話しを聞いたから、やったほうがいいと思う」
「何故です?」
「情報体にできないことなら、やっておいたほうがいい」
「どちらの情報体です?」
「どっちもだよ。まだ、どっちがタケルヒノの敵なのか、わからないからね」
サイカーラクラは、いままでの緊張が嘘のように、全身を弛緩させた。励起子体とは、そういうものなのだろう。そして、笑んだ。
「ジルフーコは、タケルヒノが、とても好きですね」
「そうだよ」ジルフーコは答えた「サイカーラクラと同じくらいに好きだよ」
「レウインデが来てたみたいだな」
ビュッフェで休憩しているタケルヒノを見つけたボゥシューが、声をかけた。
「ああ、そうだね」とタケルヒノ「ジムドナルドが相手してたみたいだ」
「何しに来たんだ?」
「見学らしいよ。再創世、ってレウインデは言ってたみたいだな」
「再創世? ずいぶん大仰だな」
――大仰じゃないか、確かにそんなもんだ
言ってからボゥシューは思い直したが、さすがにタケルヒノには言えなかった。
「こういうことは、光子体は、あんまりやらないのかな」
ボゥシューが、ふと、わいた疑問を口に出した。
「やらない、というより、できないんだろうな」
タケルヒノはカップにコーヒーを注いで、ひとつは自分に、もうひとつをボゥシューに勧める。
ありがとう、と、受け取ったボゥシューは、タケルヒノの答えに重ねて質問する。
「どうして、できないんだ?」
「光子体は電子機器は扱えるけど、強力なエネルギーを直接操作することはできないんだよ。微小な光と電子の流れを操れるだけだ。ゴーガイヤはかなりの例外で、それでもあんな程度だ。だから、彼は、イリナイワノフや、ビルワンジルに負けてしまって、凄いショックを受けたんだ」
「レウインデは?」
「やればゴーガイヤ程度のことはできるんじゃないかな。彼、器用そうだし」
「リーボゥディルの両親は?」
「母親のほうはそういうの得意だったらしいね。もっとも、情報キューブから拾った話だし、本当のところはよくわからない」
「直接やらなくても、ロボットにやらせれば?」
「それをやったのが第一光子体だけど、ロボットや電子装置を持ち込むのに、宇宙船で胞障壁を超えなくちゃならない。成功率から考えても、第一光子体くらいしかやらなかったみたいだね」
「制御できるエネルギー量を増やそうとした光子体はいなかったのか? ゴーガイヤをもっと強くするみたいな」
タケルヒノは、ちょっと困った顔をした。
「いたよ。光子体じゃないけど」
「光子体じゃない?」
タケルヒノは、少しの間、躊躇したが、ふっ、と笑んで話しだした。
「重中性子体がそうだ。宇宙皇帝、彼は無限のエネルギーを扱えるよ。胞障壁が超えられないから、デルボラから出てこれないけど、デルボラの中なら無敵だろうな」
「何でいきなり無限エネルギーになるんだ、無茶だろう」
ボゥシューは悲鳴を上げた。タケルヒノが言ったのだから正しいのだろうが、それにしたって途方もない。
「次元転換駆動理論がある」
タケルヒノは無頓着に言う。声にはまるで感情がこもっていなかった。
「彼の操作可能なエネルギー量が、次元転換の最小臨界を超えた時点で、他次元から無限のエネルギーを汲み出せる。無限大で間違いないんだ。だから第一光子体は…」
ボゥシューは黙って椅子から立ち上がり、踵を返して部屋の入口に向かおうとした。
その手を、タケルヒノが掴んだ。
「ボゥシュー、聞いてほしい」
「いやだ、聞きたくない」
必死に手を振りほどこうとしたボゥシューは、つい、タケルヒノの瞳を覗きこんでしまった。
いつものタケルヒノの目のまんまだった。
「もうすぐみんなにも同じことを話す。でも、最初にボゥシューに聞いて欲しかった」
ボゥシューは、抗うのをやめた。彼女は、いろんなものを、あきらめてしまった。
「第一光子体が僕を呼んだのは、宇宙皇帝との対決に僕が必要だからだろう。確証はないけど、たぶん、そうだ」




