3つの月(2)
ジムドナルドは3つめの月の周辺にぷかぷか浮いている。
最初はさんざんだったジムドナルドの宇宙遊泳も、いまではすっかり板について、いっぱしの宇宙飛行士だ。
ジムドナルドは何かの仕事をしにハリューダン第2惑星の第3衛星に来たわけではない。仕事の方はジルフーコがやっている。
ジルフーコは、資材が、エネルギーが、とか、ひとしきり文句をいうわりには、仕事がはじまると、むしろタケルヒノより率先して、バリバリやってしまうわけである。
ようするに根っから好きなのだ。
タケルヒノは、当然、第2衛星のほうに行っている。作業は同時にやる必要はないのだが、並行して進めたほうが早いのは確かだ。
心配だから、という理由で、ボゥシューとサイカーラクラがタケルヒノのほうに行っている。リーボゥディルもボゥシューにくっついていった。心配なのは、わからないでもないが、心配してみたところで、どうなるわけでもなかろうに、とジムドナルドは思う。
というわけで、ジムドナルドは、面倒のなさそうなジルフーコのほうに来た。ジルフーコはそこそこ賢いので、ジムドナルドに手伝えなどと無謀なことは言わないから、ジムドナルドはヒマである。
「やあやあ、ずいぶん面白いことやってるねぇ」
レウインデがとなりに現れた。
「おう、面白いぞ、こうやって、ぷかぷか浮いてると、いろんなことに集中できる。左目と右目をひっくり返したら、この世の中がどんな風に見えるか考えてたところだ」
「右耳と左耳が逆についた男の顔が見えるんだ」
レウインデは、そっけなく言うと、ジムドナルドの回りをくるりと回った。
「そういう話しじゃなくてさ。いま月にいろいろ細工しているじゃない? あっちのほう」
「あれはタケルヒノが面白いんであって、べつに俺は面白く無いぞ。聞くんならタケルヒノに聞けよ」
「あっちは、恐いお姉さんが2人もいるし、話しかけられるような感じじゃないよ」
「いちおう、行ったのか?」
「行った、行った。もう、サイカーラクラに見つかりそうになったから、慌てて逃げてきた」
「まあ、賢明だな。それで、こっち来たんなら、ジルフーコに聞けよ」
「だって、彼、忙しそうじゃないか」
レウインデは真顔で言った。
「君、ヒマだろう?」
どうだ、と言わんばかりのレウインデ。無視しようかとも思ったが、それはそれで面白くない。
「月を落とす」
ジムドナルドはそれだけ言った。
「やっぱりそうかあ」
レウインデは有頂天だ。そのへんの空間を無茶苦茶に飛び回る。
「そうじゃないかと、思ってたんだ。再創世、ハリューダン第2惑星はきっちり条件がそろってるのに手が出せなかった。やるんだねぇ。楽しみだねぇ」
「何でできなかった?」
ジムドナルドの問いに、レウインデは悲しそうな顔をした。
「光子体じゃ無理なんだよ」
レウインデはそう言って、空間に光の雨を振りまいた。
「ハリューダンには誰もいないから、光子体だけじゃ、何もできない。最初の光子体が、偶然ハリューダンに出た時の宇宙船の装備ではどうにもならなかったし、再設計した宇宙船で、何度か再訪を試みたけど、とうとう2度目はたどり着けなかった」
「自分でやってみようとは思わなかったのか?」
「失礼な、2回もやったんだぞ」
レウインデは腰に手をあて、さも憤慨だ、という顔をしている。
「そいつは、悪かった。それにしても惜しかったな、3回やってたら、たぶん超えられたぞ」
「いやぁ、ハリューダンに来られてもね。よく考えたら、そのあとも結構面倒くさいわけだし、月を2つも落とすとかね。私だとそのへん、ちょっと無理かなあ」
意外と正直な奴だな、とジムドナルドは思った。
「だからね、今回は、見学だから、何もしなくて、ただ見てるだけでいいから、ほんと、楽だし、楽しみだなぁ。あ、それとね」
レウインデは、ほんのちょっと困った顔でつけたした。
「君たちの宇宙船さ、うまく入れないんだけど、どうして?」
「知らんなあ」
ジムドナルドは、すっとぼけた。
「ゴーガイヤはちゃんと通ってたぞ。モノマネが似てないんじゃないか?」
いや、そんなことはないと思うんだけど、そう言いながらレウインデはしきりとゴーガイヤの真似をする。
「似てないかな」
「いや、俺は似てると思うけどな」
ジムドナルドが言った。
「俺が決めてるわけじゃないからな」
「え? 君が決めてるんじゃないの?」
「そんなわけないだろ」
がっかりしたらしいレウインデは、そのまま、ふっと消えてしまった。
よくわからないやつだなあ、とジムドナルドは思った。
宇宙船に戻ったジムドナルドに、タケルヒノが声をかけてきた。
「レウインデが来てたみたいだけど、そっちのほうでは見かけなかった?」
何が、見つかる前に逃げてきた、だ。しっかりバレてるじゃないか。
「ああ、来てたよ」
ジムドナルドは苦笑いしながら言った。
「月、落っことすの楽しみだとさ、何か凄く興奮してたぞ」
「へぇ、それで来てたのか」
タケルヒノは言った。
「確かに彼は、そういうの好きそうだね」
話しの最中、横を通り過ぎるジルフーコに、ジムドナルドが声をかける。
「ジルフーコ、ゲートの仕組み、調子いいらしいな。レウインデが入れないって、泣いてた」
「へぇ、そう」
ジルフーコはあまり感心なさそうだ。
「少しゆるめとくほうがいいかい?」
「いや、ダメだ」
ジムドナルドは首を振った。
「むしろキツくする方だ。アイツは絶対、入れちゃだめだ」




