3つの月(1)
「やあ、みんな、わざわざ集まってもらってすまない。これから海を造るんだけど、ちょっと派手めの計画なんで、あらかじめ説明しておいたほうが良いと思ったんだ」
タケルヒノは壁面モニターにハリューダン第2惑星の姿を投影した。ゴーガイヤは帰ったようだが、リーボゥディルはまだ宇宙船に居残っている。
「この惑星には3つの衛星があるけど、ジルフーコが資源採取しているものがいちばん大きくて、直径が約1200キロ、他の2つの衛星はかなり小さくて、直径が22キロと30キロしかない。火星の衛星のフォボスと同じか、ちょっと大きいくらいだ」
「なんだよ、地下の石油を燃やす話じゃなかったのか」
とうとうと衛星について語るタケルヒノに、ジムドナルドが横槍を入れた。
「まあ、燃やすんだけど、モノには順序がある。でも、もったいぶってもしょうがないか、この2つの衛星を各々反対側から惑星を挟むように落下させて…」
「おい」
ずっと黙っていたボゥシューが声を上げた。
「それって、惑星が破裂したりしないよな」
「いや、破裂するよ」
タケルヒノは当たり前のように言う。
「この惑星の地殻は、まだ冷えはじめて固まったばかりだから薄いんだよ。両側からはさんで衝突させると発生した衝撃波が、前進波と後退波で干渉しあって、惑星を大きく揺さぶる。衝突衝撃よりも強い内部誘導波が薄い地殻を粉々に砕くだろう」
「破裂したら大変だよ」
イリナイワノフが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、実際には、それほど大変ではない」
タケルヒノは落ち着いたものだ。
「時間を数億年、巻き戻すだけなんだ。破裂したとしても、重力均衡を保てるだけの質量があるから、薄皮が破けて剥き実になるだけだ。惑星内部で準安定状態だった有機メタル層が、誘導波によって表面に拡散するので、そこで酸素と接触して燃え出す。やがて放射冷却で表面が冷えて地殻が再形成されると、その時は、海を造るだけの十分な水が出来てるはずだ」
「ようするに、この惑星の天地創造を、もう一回やり直そうってのか?」
ビルワンジルが、なかば呆れ顔で言った。
「あれ? それほど、たいへんなことにはならないとは思うけど、うーん、でも、待てよ。結局、そう言うことかな? 月も2個減っちゃうし…」
「どうやって衛星2個も落とす気なの?」
聞くだけ、聞いてみるか、という顔でジルフーコが尋ねた。
「宇宙船の副駆動系の予備を取り付ける。制動をちょっとかけるだけでいい。それで軌道を外れるから。再突入計算もざっとやってみたけど、問題はなかったよ」
「予備は、故障したときの予備であって、こんなことに使うためのものじゃないんだけどな」
「そう言わないでよ。もう予備の補填なら、製作に入ってるから。70%はできてるよ」
サイカーラクラがこっそり嘆息をついているのを、ダーは見逃さなかった。
ダーは小さく声をかけた。
「どうしたの? サイカーラクラ」
サイカーラクラは憂鬱な顔で、ダーに言う。
「こういうのって、止める方法、って無いんですよね」
「ないですね」
ダーは優しく肯定した。
「第一光子体で何度か試したことがありますけど、止められた例が無かったです。まだ、ちゃんと説明するだけタケルヒノのほうがマシかも」
「これでもマシなんですか?」
乗組員の質問によどみなく答えるタケルヒノを見ながら、サイカーラクラが言った。
「あんまりわたしが怒ると、第一光子体は、わたしに内緒でやろうとするの」
ダーは、声をひそめて言う。
「もちろん、すぐ、バレるから。また、こっぴどく叱るのだけど、そうすると今度は話しもしなくなるし。タケルヒノは、堂々としている分、第一光子体なんかより、ずっとまともですよ」
「ボゥシュー、最近、ごきげんですね」
いつのまに、ボゥシューの後ろに立っていたサイカーラクラに、ボウシューは、ちょっとだけ驚いた。
「あ? そ、そうかな。そう見える?」
「はい」
サイカーラクラは高速DNA解析機のとなりに腰掛けた。
「とても良いことがあったのがわかります」
「そ、そうかな」
ボウシューは無駄にうろたえている。好調な人間なんてのはもろいものだ。
「私は元気ないのです」
こういうところ、わざわざ自分で元気がない、とか言うところ、そういうところが、サイカーラクラっていいなあ、とボウシューは思う。
他のヤツならまっぴらごめんだが。
「元気のないときは、なぐさめて貰うのがいいと聞きましたので、来ました」
本当に他のヤツなら、横っ面張り倒してるよなあ、とボゥシューは思う。まあ、サイカーラクラはかわいいから、そんなことはしないわけだが。
「何で元気ないんだ?」
ボゥシューは言った。ボゥシューにしたら、3リットルくらいの出血大サービスだ。
「タケルヒノは」
サイカーラクラの肩が小刻みに震えている。
「あんな感じで大丈夫なんでしょうか?」
ああ、と、最近の疑問のほとんど全てが氷解したように、そんなふうにボゥシューは感じた。
「大丈夫なわけないだろう」
サイカーラクラは、はっ、として、ボゥシューを見つめた。
ボゥシューは、サイカーラクラが泣き出すのではないかとおもったが、そんなことはなかった。
「ダーが言うのです」
サイカーラクラは言った
「私は、みんなと会う前の記憶が、とてもあやふやなのです。ダーが言うには第一光子体が悪いんだそうです。今度みたいなことがあると、私は胸が絞めつけられて…。第一光子体はそういうことを何度もして、そのたびに失敗して、だから…」
「タケルヒノは第一光子体と違うよ」
「どこが違うんですか?」
「タケルヒノは失敗しない」
サイカーラクラの体が硬直し、悩ましげな視線を投げかけた。
ボゥシューは、待った。
サイカーラクラの体が弛緩し、椅子から転げ落ちそうになるのを、ボゥシューがしっかり抱きとめた。
「そんなことが、有り得るのですか?」
「有り得るもなにも、実際そうなんだから、しょうがないだろう」
サイカーラクラは、物憂げに笑い、大きな瞳でボゥシューを凝視した。
「それが、タケルヒノの秘密?」
「そうじゃない、近いけどな」
「でも、失敗しない人間はいませんよ」
サイカーラクラは、ボウシューの腕を抜け出し、ゆらりと立った。
「失敗を認められない人間はいる。第一光子体がそうだし、ジムドナルドもそう…」
ボゥシューはサイカーラクラの頭を撫ぜた。
「そして、ワタシもだ。認めないから失敗してないのと同じだ」
「タケルヒノは?」
「よくわからない」
ボゥシューは笑った。寂しげだった。
「知りたいのなら、ジムドナルドに聞けばいい。ずっと、そう言ってるだろう?」
「聞きたくありません」
ボゥシューは、サイカーラクラから離れ、机の前に腰掛け、頬杖をついた。
「まあ、そうだな。ワタシだって、イヤだ」
「ジムドナルドは悪い人じゃないですよ」
「悪い人じゃないけど、悪党だよ」
「いえ、小悪党です」
「上げるか下げるかどっちかにしろよ」
「本人がいないのだから、どっちでも同じことです」
「いたって同じだよ」ボゥシューは言った「でも、アイツ馬鹿だからなぁ」




