渇きの星(7)
「なんか、たいへんな話になってるらしいな」
ジムドナルドは、ミーティングルームにやってくると、いつものソファにも寄らず、ジルフーコのところにやってきた。
「たいへん、って、何が?」
「タケルヒノが海を造る話だ」
「いや、それほどたいへんじゃないだろう」
ジルフーコは、ジムドナルドの言葉を軽く流した。
「いま、タケルヒノが計画を練っているけど、ベルガーの時より規模が大きいだけだよ。生命体がいないぶん、環境への影響を考慮しなくてすむから、楽なくらいじゃないか?」
「実際にやるほうは、そりゃ大したことじゃないだろうさ。たいへんなのは理由だ。理由」
「理由? 何のこと?」
長話しになると思ったのか、ジムドナルドは椅子まで持ってきて、ジルフーコの隣に腰掛けた。
「だからさ、白血病で死んだタケルヒノの幼馴染の美少女を、思い出の湖を造って蘇らせる、って話だろ?」
「なんだ、そりゃ?」
「なんだ、って、噂の出所はお前だって聞いたぞ」
「やめてよ。ボク、そんなこと言ってないよ。誰だよ、そんなこと言ったの」
「イリナイワノフ」
「イリナイワノフ?」
ジルフーコは、思いっきりへんな顔をした。
「サイカーラクラには、タケルヒノのバカンスの思い出のことは話したけど、イリナイワノフには何も言ってないし」
「何だ、そのバカンス、ってのは」
「タケルヒノが小学生のころの話だよ。ホームステイ先で知り合った娘と湖で遊んだ、って」
「ほら、だいたい、合ってる」
「ぜんぜん違うだろ?」
ジムドナルドは腕組みして考えた。
「確かに、ちょっと違うかな。でも、それだとあまり面白くないな。聞き間違えたか」
「どこをどう聞き間違えたら、そんなことになるんだよ」
ジルフーコは笑ったが、あまり余計なことは言うもんじゃないな、と思った。
「タケルヒノ、女の子、湖、と三つもあってるんだから、間違いというほどでもない」
「やけにこだわるなあ」
「そんな良い思いしたことないからな」
そう言うジムドナルドに、ジルフーコは疑いの眼差しを向けた。
「また、そんなこと言って、キミ、女の子なんて、よりどりみどりだったんだろ?」
「まあ、それはそうだが」
ジムドナルドは特に否定はしなかった。
「若くして、金も名誉も手に入れるとだな。そういうのに興味ある女しか寄ってこなくなるんだよ。よりどりみどり、ったって、ショーケースの中には好みの女が入ってないんだ」
「それは、お気の毒」
「だろ? それで、ところ変わっていまはどうだ。好みの女ばかりでも、高嶺の花で手が出せない、ときた。本当に俺は不幸だ」
「何が言いたいんだよ」
ジムドナルドはジルフーコの肩に両手を置き、向かい合って正面に見据えた。
「俺みたいになるな、お前はうまくやれよ」
ぽん、とジルフーコの肩を叩くと、高笑いを残して、ジムドナルドは部屋から出て行った。
「ヒューリューリー」
リーボゥディルは滑るように通路を飛んできた。
光子体の彼は、普通の建造物なら壁を突っきって飛んでこれるのだが、宇宙船は光子体対策で壁中にシールドを張り巡らしているので、通路の真ん中を飛んでくるしかない。
「何か凄いことをやるみたいですね」
「そうなのです」
ヒューリューリーは、ピーンと体を天井近くまで伸ばした。
「惑星を真っ二つに割って、中から石油を取り出し、いっせいに火をつけ、空が真っ黒になるまで、ガンガン燃やすのです」
「ええっ?」
「違いましたか?」
「いえ、ぼくは、海を造ると聞いただけなので、くわしいことは…」
「くわしく聞きたいのであれば、他の人に聞いたほうが良いでしょう」
ヒューリューリーは、くるくるすとん、と体を回した。
「それは、そうですけど」
リーボゥディルはとても困った顔をした。
「他の人の話は難しくてよくわからないんです」
「なるほど、がってん承知の助です」
「なんですか、それは」
「地球の古代人の言葉です。意味はよくわかりません」
ヒューリューリーは、ふらふらと上半身を回した。
「難しい話がイヤなら、私とかザワディに聞くのがよろしい。とても簡単ですからね」
「ザワディはちょっと…」
「そうですね、ザワディはちょっと恐いですね」
「いえ、そういう意味では…」
簡単なことは簡単なのだが、わかりにくいのは同じではないかな、とリーボゥディルは思った。
――たぶん
ぶんぶん体を振り回すヒューリューリーを見ながら、わからないのではなくて驚異的なのだ、とリーボゥディルは考え直した。
この宇宙船には驚異の人たちしか、乗っていない。
それはそれで、ワクワクする。




