渇きの星(6)
「大ニュース、大ニュース」
ナスを収穫中のビルワンジルに、イリナイワノフが駆け込んできた。
「タケルヒノとボゥシューに、初恋の人がいたんだよ」
イリナイワノフの大ニュースは、いつも話し半分だが、今日のはまた格別にひどい。
「ほぅ、そうか」
ビルワンジルはいつもどおりに応じた。
「ちょっと、タケルヒノとボゥシューだよ。聞いてる?」
「聞いてるけど」
ビルワンジルはナスをもぐ手を止めずに言った。
「そりゃ、タケルヒノやボゥシューだって、甘酸っぱい思い出ぐらい、あったって、おかしくないだろ」
「あたしは、無いよ」
「そうか…、じゃあ、これからだな、がんばれ」
イリナイワノフは、ビルワンジルの作業を手伝うでもなく、じっとナスをもぎ取るのを見ていた。
「ビルワンジル、ってさあ」
イリナイワノフは言った。
「初恋の人、って、どんな娘だった?」
ビルワンジルの手が止まった。
「えらく元気のいい娘だよ」
「へぇ、いたんだ」
「なんだよ、いちゃ悪いのか?」
ビルワンジルは笑いながら、ナスのたっぷり詰まったかごをかついだ。
帰り支度のビルワンジルの隣についたイリナイワノフは、歩きながら、さらに尋ねる。
「告白とかした?」
「しない」
そっか、と、イリナイワノフは、足下の土くれを蹴飛ばした。
「美人だった?」
「どっちかって言うと、美人かな」
ビルワンジルはイリナイワノフの顔を見ながら言う。
「ふーん、面食いなんだ」
「そのとおりだ」
「みんな、いるんだぁ」
イリナイワノフは、両手を頭の上で組んで、伸びをした。
「あたしにも、恋人できるのかなあ」
「できるんじゃないか」
「ほんと? ほんとに、そう思う?」
イリナイワノフは、やけに真剣で、それもあってビルワンジルは、少し顔がほころんだ。
「あ、笑った」
「笑ってない」
「笑ったよ。ちゃんと見てた」
イリナイワノフは怒ったわけではないらしかった。
「わかるよ。あたしに恋人なんて、自分でも笑っちゃうモン」
そのまま、イリナイワノフは、走って行ってしまった。
どうしたものかな、とビルワンジルは思ったが、まさか、本当のことを言うわけにもいかないなので、ナスのかごをかついで、ゆっくりと農場を歩いて行った。
「タケルヒノはこの惑星に海を造るそうです」
サイカーラクラが、ダーに言った。
「そうみたいですね」
「ダーはどう思いますか?」
「男の子はそれぐらい元気なのがいいですね」
「男の子? では、女の子は?」
「女の子も元気なほうがいいですね」
ときどき、ダーとは話がしずらくなる、とサイカーラクラは考えていた。親子だからかな、などとも考える。
「あなたは、海を造るのに反対なの?」
こんどはダーが質問してきた。
「反対ではありませんが、何故、そんなことをするのか気になるのです。ジルフーコは、タケルヒノの初恋の美少女との思い出のために、海を造るのだと言っていました」
いつのまにか、初恋とか、美少女とかが、勝手に足されている。
「いいですね。ロマンチックですね」
「そんなことぐらいで、海なんか造って、いいものでしょうか?」
「ダメなの?」
あまりにも単純かつ強烈な問いに、サイカーラクラは頭がくらくらした。
「…よくわかりません」
「逆に、どんな理由なら、海を造ってもいいと思う?」
「生命の誕生には海が必要ですから、この惑星に生命の誕生と進化をもたらすとか、そういうことなら」
「わかりました」
ダーは言った。
「あなたに聞かれたら、そう答えるように、タケルヒノに言っておきます」
「だから、そういう話じゃ、ありません」
サイカーラクラが怒ったので、ダーは、ころころ、と笑った。
「怖いのね。サイカーラクラ」
「え?」
「タケルヒノが海を造ってしまうのが、怖ろしいのでしょう?」
サイカーラクラは、ダーの言ったことを、よく考えてみた。
そうなのかもしれない、と思ったが、よくわからなかった。
黙っているサイカーラクラに、ダーは優しく声をかけた。
「自分に出来ないことを、誰か他の人がするのは、とても怖いものです。でも、怖いだけです。たいしたことではありません」
「他のみんなは怖がっていません」
言ってしまって、本当は、そんなこと、絶対、言いたくなかったのだと、サイカーラクラは気がついた。
「大丈夫ですよ。サイカーラクラ。あなただって、怖いとは思ってないでしょう」
ダーは、慎重に、とても慎重に、すべてのリソースをつぎ込んで、次の質問を練った。
「サイカーラクラ」
ダーは言った。
「もし、タケルヒノが、その初恋の美少女のためではなく、あなたのために海を造ろうとしたら、あなたは、うれしい?」
途方もない話だった。ダーの言っていることを理解するのに、サイカーラクラはとても長い時間が必要だった。
ダーは、辛抱強く、待った。
「…よく、わかりません…」
それは、サイカーラクラの真実で、それが、わかったからこそ、ダーは次に用意していた問いを口に出した。
「タケルヒノがボゥシューのために海を造ったら」
本当は一気に音声にするはずだったのに、ダーは、同調を失敗して、間が空いてしまった。
それでも、ダーは、言葉を続けた。
「サイカーラクラ、あなたは、それを我慢できる?」
ダーの言葉に、はっ、としたサイカーラクラは、大きく身を震わせ、うつむいた。
「我慢…、できない…」
サイカーラクラの目から、涙がボロボロとこぼれた。
励起子体の彼女には、まったく不要なものだったが、それでも涙は止まらなかった。
ダーは、ケミコさんの手を伸ばして、サイカーラクラに触れた。
「ごめんなさい、サイカーラクラ」
ダーは言った。
「言わずにすめば、楽だったけれど、でも、とても大事なことだから、言わないわけにはいかなかったのです」




