渇きの星(4)
「ずいぶん面白そうなことをしていますね」
タケルヒノの肩越しに、コンソールの内容を確認した、ダーが言った。
「やあ、ダー」
タケルヒノは振り向いた。
「いま、ちょうど、この後の計算をお願いしようと思ってたんです」
「わたしも、いま見て、お願いされるのだと思いました」
ダーは直接、情報キューブと接続して、タケルヒノの前処理したデータを受け取った。
「返すのは全データマトリクスですか? 量が大きすぎて表示できないと思いますけど」
「簡易モデラーで、精度は16ビットもあれば十分です。大事なのは正確な値ではなくて、関連性だから」
コンソールの前にジルフーコとボゥシュー、サイカーラクラがやってきた。
「結果出たのか?」
ボゥシューがコンソールをのぞき込む。
「まあね」と答えるタケルヒノ。
「すごい量の、有機ニッケルと有機鉄化合物だなあ」
タケルヒノが答えるより先に、コンソールに表示された結果を見たジルフーコが言う。
「どういうことですか?」
こんどはサイカーラクラが尋ねた。
「この惑星の水素の在処と、地磁気のない理由を探していたんだ」
タケルヒノが説明した。
「水素は炭素と結合して有機物になり、そして、鉄、ニッケルとも反応し、有機メタルとして、惑星内部に溜め込まれている。本来、導電性流体として機能するはずの溶融鉄が、有機メタルになっているので、電気が流れない。それが地磁気の発生しない理由だ」
「もう少し簡単に説明してくれ」
横からジムドナルドが口をはさむ。
「あまり正確じゃなくていいから、俺にわかるようにだ」
いいよ、と笑いながらタケルヒノが説明を続ける。
「簡単に言うと、水素は石油の形で、惑星の地下にある。石油のままだと惑星内部の高温で分解してしまうんだが、この星はニッケルが豊富なので、それが触媒になって、石油と金属が化合して有機メタルになり、若干、高温域でも安定するようになってしまったらしい」
「石油が多いんなら、資源豊富で良いじゃないか」
「人間でもいればね」
タケルヒノはジムドナルドに返した。
「石油を原燃料として有効に活用できるものがいれば資源としての価値もあるけど、いまの状態だと、宝の持ち腐れだ。水素はちゃんとあったけど、水じゃなくて、石油になってる。進化過程の惑星としては、ちょっと残念だね」
「確かに、石油シャワーよりは普通の水のシャワーのほうがいいかな」
おかしな喩えだな、とタケルヒノは思ったが、いつものジムドナルドなので、放っておいた。
「地磁気のほう、もう一回説明してくれ。ちょっとよくわからなかった」
ボゥシューの問いには、ジルフーコが答えた。
「電流が流れると磁場が発生する。ファラデーの法則だね。発電機もモーターもこの原理を応用しているが、電流の代わりに、電気の流れるものを動かしてもいいんだ。惑星に地磁気の発生する原因は、電気が流れるものが惑星内部を循環しているからだ。普通は惑星内部で溶けた鉄がこの役目を担っているんだけど、これが、この惑星では、全部ではないけど、部分的に有機鉄化合物になって、電気を流さなくなっている。だから磁場が発生しない」
「えっと、確か、海を造っちゃう、ってお話しでしたよね」
サイカーラクラも、ボゥシューからタケルヒノの企てを聞いたらしい。
「具体的にはどうするんですか?」
「地中にある石油を地上に出して燃やしてしまう」
タケルヒノの説明に、一同、皆、絶句した。
「この惑星の大気には十分な酸素がある。炭酸ガスも多いけど、この程度なら石油を燃やすのに支障はないんだ。石油は燃やすと、水と、炭酸ガスになる。燃やして、水ができれば、雲が出来て雨が降って、海ができるさ」
「もったいなくないですか? そんなことして」
サイカーラクラが尋ねると、タケルヒノは笑った。
「石油なんかあっても、この惑星では誰も使わないしね。それより海があったほうが、僕はいいと思うんだけど」
「泳ぐのですか?」
「え?」
「海を造って、タケルヒノは泳ぎたいですか?」
サイカーラクラの質問に、こんどは逆にタケルヒノが驚いた。
「いや、さすがに無理だよ。海になるまでは、たぶん、何万年もかかるし」
「そんなにかかるのですか?」
「うん、だって、有機メタルの量が半端じゃないから」
タケルヒノは、何故か嬉しそうだ。
「燃やすのにも、ものすごい時間がかかる。そもそも、燃やしたら海になるような量なんだし。でも、こういうのはバランスだから、全量燃やさなくても、バランスが変われば、内部からも有機物から水への転換が起きるかもしれない。それにしたって、ずいぶん時間はかかると思うよ」




