渇きの星(2)
サイカーラクラとイリナイワノフ、光弾を打ち合う2人は、次第に興が乗ってくるのか、弾の返し方もアクロバティックになってくる。もう光弾の速度は、視認できる限界を超えているようで、ちょっと見、2人は奇妙なダンスを踊っているだけのように見える。
たまに声をかけて、ゴーガイヤに弾が飛ぶのだが、かわすのがやっとの有り様で、そこでラリーが途切れてしまう。じきに2人とも、ゴーガイヤに回すのをやめてしまった。
ゴーガイヤは、2人のどちらかが打ち損じた時に、最初の光弾をトスする係になってしまった。
「あれは、俺たちには無理だなあ」
「同意」
笑いながら話しかけてくるジムドナルドに、ビルワンジルが応じた。
「で? オレたちは、どうする?」
ジムドナルドは、一度、伸びをして、持参のサーブルを右手に、構えをとった。
「普通にやろ、普通に、普通がいちばんだ」
構えから、前進、後退、前進、突進と、一連の動作を流れるようにこなす。
「なんだ、ずいぶんサマになってるじゃないか」
ボゥシューの独り言に、タケルヒノが応じた。
「彼、フェンシング全米大学選手権の裏チャンピオンだから」
タケルヒノの言葉に、ジムドナルドは動作を止め、ヘルメットを向けた。たぶん、バイザーの中の顔は笑っている。
「何で、裏、なんだ?」
ボゥシューの率直な問いに、タケルヒノは答えた。
「大学選手権、って学生が出るもんでしょ。ジムドナルドは教授、職員だから参加資格がないんだ。年齢的には学生でいいようなものだと思うけど」
「オリンピックは?」
「そういう面倒くさいのは、イヤなんだそうだ」
ジムドナルドの隣で、こんどはビルワンジルが槍を片手にウォームアップをはじめた。前後、左右に突きつつ、素早く持ち手を換える。どちらの手でついてくるのか、目を凝らしてもよくわからない。
「フェンシングと投げやりじゃあ、勝負は一瞬だな」
「いや、投げやりじゃないよ。それは競技か、間合いが遠いときだけで、そもそも、ビルワンジルは、モラン槍術の達人だから」
「モラン槍術?」
眉根をあげて聞くボゥシューに、タケルヒノは説明した。
「ケニア、マサイ族伝承の槍術だ。ライオンと一対一で戦ったりするらしい」
「ライオン? ザワディとか?」
「ビルワンジルはザワディと戦ったりしないよ」
「そりゃあ、まあ、そうだが」
ボゥシューは笑った。
「何でうちの乗組員はこんなに隠し事が多いんだ」
「隠してたわけじゃない」
ジムドナルドが振り向いて言った。
「こんな瑣末なことまで、いちいち説明してたら、履歴書が辞書みたいに分厚くなっちまうだろ」
ジムドナルドが言い終わってもとのほうを向くと、ビルワンジルが無造作に槍をつかんで立っている。
「そろそろ、行きますか」
「お手柔らかに」
対峙した2人、いきなり、ジムドナルドが間合いを詰めた。
と、と、と、と3歩で、10メートルも近づいたのではないかと見まごうほどに接近する。
「ねぇ、いま、何やったの?」
光弾打ちをやめたらしい、イリナイワノフがタケルヒノに尋ねた。
「前に進んだんだよ」
「嘘だよ、ジムドナルド、あんな脚長くないもん」
「そんなこと言ったって」
サーブルの切っ先を、首だけひねってかわしたビルワンジルが、ジムドナルドに聞いた。
「攻撃権とかいうのは、アリなのか?」
ジムドナルドはニヤッと笑った。
「モラン槍術にそんなもんあるのか?」
「シンバは戦いたいときに戦うし、寝たいときに寝る」
「じゃあ、それで行こう」
ビルワンジルは槍の穂先をくるりと回すと、石突でみぞおちを突いてきた。ジムドナルドはサーブルの鍔で叩いて槍の柄をそらす。
ジムドナルドが、いったん後退するとみせて、そのまま飛びかかって斬りつける。
「ああいうのは、アリなんですか?」
サイカーラクラが、興奮して聞いてきた。
「フェンシングは突きだけだと思ってましたが」
「サーブルは斬るのもアリなんだけど、それを言ったら、そもそもフェンシングは槍相手に戦ったりしないけど」
「じゃあ、あれは何です?」
「お遊び、かな、ビルワンジルは付き合いがいいから」
「どういう意味ですか?」
不思議そうに尋ねるサイカーラクラに、タケルヒノは2人を指さして言った。
「もう、そろそろじゃないかな、ほら」
ジムドナルドが次の攻撃体制をとろうと、身を引いた瞬間、それに合わせるように伸びた石突が、利き腕の脇下に押し込まれる。
神経のツボを押されて、握力のなくなったジムドナルドは、サーブルを取り落とした。
「ちぇ、もう少しは、いけると思ったんだが、さすがに槍相手じゃ無理か」
「そういうなよ」
ビルワンジルは笑った。落ちたサーブルを拾い、ジムドナルドに渡す。
「なかなかのモンだったぞ」
「お褒めにあずかり光栄だ。まあ、トレーニング不足だな」
結果を見届けたボゥシューが、タケルヒノに尋ねた。
「槍のほうが強いということ?」
「いや、結果については、本人の言うとおり、トレーニング不足だよ」
「だから、お遊びですか?」
まだ腑に落ちない感のサイカーラクラに、タケルヒノが重ねて説明した。
「ジムドナルドが万全なら、ビルワンジルと試合ったりしないで、フェンシングを教えるよ。あるいは…」
「俺が槍を習うさ」
ジムドナルドがタケルヒノの言葉を継いだ。
「他流試合なんかより、訓練としてはそのほうがはるかに効率がいいんだ」
「そうですか」
サイカーラクラは顔の真ん中に、思案中、とぶら下げた感じで、腕組みをする。サイカーラクラは胸が大きいので、この格好はサマにならない。スタイルがいいのも良し悪しだな、などとボゥシューは余計なことを考えている。
「光弾のトレーニングは個人差があって難しいようです。ビルワンジルに槍を習うのでは、光子体にはあまり役にたたないと思いますし…。うーん、どうしましょう」
しばらく考えていたサイカーラクラは、突然、声を上げた。
「そうだ、鬼ごっこをしましょう」
「あの…、それだと、光子体がすごく有利ですけど」
リーボゥディルが遠慮がちに言ったが、サイカーラクラは続けて説明する。
「いえいえ、やり方を工夫すれば大丈夫です」
「やり方…、ですか?」
「まず、リーボゥディル、あなたが私を追いかけます」
「…はい」
「そして、私はゴーガイヤを追いかけます」
オレ? とゴーガイヤは自分を指す。肯いたサイカーラクラは、ゴーガイヤにも指示を出す。
「ゴーガイヤはイリナイワノフを追いかけます。イリナイワノフはジムドナルドを、ジムドナルドはタケルヒノ…」
「あ、僕は、ちょっと用があるんで…」
タケルヒノは、すまなそうにサイカーラクラに断りを入れる。
「ワタシもパスだ」
ボゥシューも棄権した。
「しょうがありませんね。では、ジムドナルドはビルワンジルを、そして…」
サイカーラクラは、ここで言葉を切って、まじまじとザワディにからみつくヒューリューリーを見た。
「ザワディとヒューヒューさんは2人で一組です」
「アイ・アイ・サー」
この間の艦長ごっこがよほど気に入ったらしいヒューリューリーは、最近、地球の戦場ドラマばかり見ている。すっかり、はまってしまったらしい。
「ビルワンジルとリーボゥディルの間に入ってください」
「イエッサー」
「さて、よろしいですか、みなさん」
個々に指示を出し終えたサイカーラクラが、皆に向かって言った。
「これから鬼ごっこです。誰かが自分の相手を捕まえたら、そこで追う人と追われる人が逆転します。いいですか? では、よーい、はじめっ」




