超えられぬ壁(1)
「よし、再接続完了」
ジルフーコはコンソールから離れると、接続ゲートにつながるエレベーターへと、光子体の2人を誘導した。
「宇宙船と小宇宙船のシールドも接続したから、ボクらの後ろからついてくるだけでいいよ」
ラクトゥーナルとアグリアータの2人は、黙ってジルフーコの後を追う。タケルヒノは後ろから2人を追いこし、ジルフーコの隣についた。
「小宇宙船のビオトープゾーンはどうしようかな」
ジルフーコは、隣を並走するタケルヒノに声をかけた。
ああ、と答えたタケルヒノだが、少々バツの悪い顔をしている。
「再接続して宇宙船と回転同期したから0・6Gくらいの重力がかかってる。泥と水の層が分離するのに数日かかると思うから、草とかはその後かなあ」
「しょっちゅう、重力切ってしまうんなら、動的平衡はやめて固定してしまう?」
「いっそ、ビオトープやめてしまうのもいいかも。宇宙船に造ったほうが大きいし、安定してるから」
「ビオトープはやめてもいいけど、見かけは残したいかな」
「どうして?」
「光子体との緩衝地帯にしたい。もうそろそろ、接触なし、ってわけにはいかないんだろ?」
ラクトゥーナルとアグリアータを宇宙船側に送り出したタケルヒノは、その場で少し考えた。
「確かに小宇宙船側に作ったほうが、いざというとき切り離せるから、いいと思う。ところで、ああいう風景というか景色については、光子体に何か影響あると思う?」
「パラレスケル=ゼルを見た感じでは、何がしかの影響はあるんじゃないかな。詳しくはダーに聞いたほうがいいと思うけど」
「そのへんは、任せるよ。よろしく頼む」
いったん話はそこで終わったが、不意に思い出したようにジルフーコが言う。
「ところで、レウインデはどうする?」
「来てるのか?」
タケルヒノは、ちょっと驚いた感じで声を上げてしまった。
「ゴーガイヤと入れ替わりで入ってきた」
タケルヒノは少し眉根を上げたが、またすぐもとの表情に戻った。
「レウインデなら自分でなんとかするだろ。ほうっておくさ」
「ずっと、シールド内に閉じ込めておくの?」
「まさか」
タケルヒノは笑った。
「リーボゥディルの家族が出て行く時には、シールド開けるだろ? たぶん、レウインデはそのへん狙ってるから。いちいち面倒見なきゃならないほどには、彼は無能じゃないよ」
タケルヒノは踵を返して、小宇宙船の居住区画のほうへと足を向けた。
「どこ行くの?」
「ヒューリューリーとザワディを連れに」
ジルフーコの声に、振り向いたタケルヒノが言った。
「他の3人はともかく、レウインデが来てるんじゃ、あの2人、放っておくわけにはいかないだろ」
「なんか、思ったよりあっけなかったな」
ボゥシューがダーに言った。
「なんのことでしょう?」
「リーボゥディルと両親だよ」
ボゥシューの顔には、不満ではないが解せない、といった感の表情が浮いている。
「双方ともに、もっと、いろいろ言うことがあるんだと思ってたが、見つめ合ってるだけだもんな」
「実体があれば抱き合ってたところでしょうけど」
ダーは器用に型にパテを詰め込んでいく。ケミコさんの作業手でやるのだから、奇跡のようだ。
「光子体ですからね。あんなものでしょう」
「でも、嬉しそうでしたよ。3人とも」
「あれでか?」
サイカーラクラが暢気に言うので、ボゥシューは思わず突っ込んだ。
「私は自分が感情の起伏に乏しい分、他人の感情の発露には敏感なのです」
「でもさぁ、あたしさぁ、これで友だちのお母さん、2人目だからさぁ、ダーとも違うし、どうすればいいんだろう」
イリナイワノフは、友だちのお母さんに何故かこだわりがあるらしい。
「普通にしてればいいのではないかと」
サイカーラクラは何気なしに、ぽそりと呟いた。
「普通、って、何言ってんの、サイカーラクラ。それがわからないから、悩んでんじゃん」
「あなたは、2人目だって言いますけど」サイカーラクラはイリナイワノフに反論した。「私は、友だちのお母さんは、初めてです」
「さあ、支度もできたし」
ダーは冷蔵庫にパテケースを入れて扉を閉めた。
「わたしは、これからあの2人のところに行ってきます」
「あの2人?」
もちろん、ボゥシューにはあの2人が誰なのか見当はついていたが、あえて尋ねてみた。
「ラクトゥーナルとアグリアータです」
ダーは毅然と言った。
「昔からあの2人は考えなしで行動することが多かったのだけど、いまだにこうでは困ります。あなたたちは、優しいから、あの2人に言えないこともあるでしょうが、わたしは別です。経緯はどうあれ、もう人の親になったのだから、いつまでも浮かれていていいわけはないのです」
ダーは、くるりと旋回すると、モーター音のみを残してキッチンから出て行った。
こわっ、と思わず、イリナイワノフが呟いた。




