光る人たち(5)
――あれ? こんなだっけ?
ジムドナルドがゴーガイヤに会うのは、ベルガーでビルワンジルが槍で粉々にしたとき以来だが、ひさしぶりに見るゴーガイヤは、なんだかずいぶん小さい。
「アンタ、ダレ?」
ゴーガイヤが聞いてきた。思い出してみると、最初は多目的機の中から呼びかけていただけだし、2度めはずっと宇宙服を着込んだままだった。遮光性の強いバイザー越しでは顔も見えなかったろうし、まあ、当然かな、とジムドナルドは思った。
「ジムドナルドだよ」
ジムドナルドの名を聞いた途端、ゴーガイヤは渦巻状の光の微粒子となって、消え去ろうとした。が、部屋ごと強力なプラズマシールドに囲まれていては、逃げることはできない。壁に何度もバウンドしては、渦巻きと人型を交互に繰り返して逃げまどっている。
「おい、こら、落ち着け」
ジムドナルドは落ち着いた声で、穏やかに言った。
「別に何もしないから、こっちに来いよ」
本当か? と、人型に戻ったゴーガイヤは、恐る恐るジムドナルドに近づいてくる。
「うはははは、騙されたな」突然、ジムドナルドが大きく手をひろげて威嚇した「俺はお前みたいな光子体が大好物だ。頭からまるごと喰ってやる」
「うわぁぁぁ」
悲鳴を上げるももどかしく、散り散りになった光の微粒子は、形もとりきれずに部屋中に拡散し、光の雲のまま右往左往している。
「こらあ、いいかげんにしろ」イリナイワノフが怒った「なんで、そんな余計なことすんのよ。この馬鹿ドナルド」
光の雲は、半ば人型を取りつつ、仁王立ちのイリナイワノフの後ろに、さっと身を隠した。
「ああ、すまん、すまん」ジムドナルドは頭を掻いた「こういう純朴な奴とは、最近会う機会がなかったんで、つい」
だいたい、お前なあ、とイリナイワノフ相手では分が悪いとみたジムドナルドが、後ろにはりついて明滅している、光の塊に矛先を向けた。
「なんで、逃げるんだよ。お前が逃げたりするから、からかってみたくなるんじゃないか」
「ジムドナルド、恐い」
ようやく人型を取り戻したゴーガイヤが言った。
「恐くねえよ。誰だよ? そんなこと言ったの」
「レウインデが、ジムドナルド、いちばん陰険で何するかわからない奴、って言ってた」
――あの野郎
いっぺん、きっちりしめておかないといかんな、ジムドナルドは思った。
「レウインデは嘘つきだから、あいつの言うことなんか信じるなよ」
「嘘つき? レウインデが?」
「そうだ」
ゴーガイヤはちょっと何か考えている風に見えた。
「レウインデは、たしかに、嘘つき」
ゴーガイヤは言った。
「わかった。アンタ、信じる」
いや、それはどうかな、と、ビルワンジルは思ったのだが、話がややこしくなりそうなので黙っていた。
「よし、いい子だ。もう脅かしたりしないから、安心しろ」
ジムドナルドは自分だけ椅子に腰掛ける。
「で、何のようだ?」
「それが、よくわからないんだ」
ゴーガイヤは途方にくれた顔つきで言った。
「ずっと、こうなんだよ」イリナイワノフも困った顔だ「あたしも、どうしたらいいんだか、わからなくて」
「上出来だ」
ジムドナルドの言葉に一同あっけにとられる。だが、ジムドナルドは関係なしだ。
「だって、そうだろう。困ってる原因がわかってるんなら、原因を取り除くだけでいいんだ。そんなのは困ってるとは言わん。まあ、たいていは原因だと思ってるものはカン違いなんだけどな。何だかよくわからないが困ってる。俺んとこくるやつはみんなそうだ。だから安心しろ。なるようになる」
ジムドナルドは立ち上がって、ゴーガイヤに近づいた。だいぶ小さくなったとはいえ、まだジムドナルドが見上げる大きさだ。
「お前、強くなりたいだろ?」
「そうだ」
「でも、もう、それだけじゃ不安なんだな?」
「そう…、かも、しれない」
「負けたからか?」
「違う」
「そう、違うな」
ジムドナルドはまた椅子に腰掛けた。
「ゴーガイヤ。お前、結構いい線いってるぞ。あと少しだな」
「あと少し?」
「そうだ。あと少しだ。」
「あと少しでわかるのか?」
「いや、わからなくなる」
「わからなくなったら、困る」
「そうだ、だからいいんだ」
ジムドナルドは立ち上がって、大きく手を広げてポーズをとった。
「お前、いままでもわからないこと多かったろ?」
「…そうだ」
「でも、困らなかった」
ゴーガイヤは驚いた。そしてジムドナルドの言ったことに肯いた。
「そうだ、オレ、わからなくても困らなかった」
「でも、いまは、わからなくて、困ってる」
「そうだ」
「だから、大丈夫だ」ジムドナルドは笑った「お前は大丈夫だ。でも、こういうのは一気にやっちゃ、いけない。あせらず、じっくりやるんだ。今日はこんなもんだ。また来いよ」
「または、無理だ」
ゴーガイヤは悲しそうな顔をした。
「今日は、特別なんだろ? また来ても入れない」
「ああ、それは、なんとかする」
ジムドナルドは天井に向かって叫んだ。
「おーい、ジルフーコ、聞こえるか?」
「そんな、大声出さなくても聞こえるよ」
部屋中にジルフーコの声が響いた。
「ゴーガイヤがこれからも来れるように何とかしてくれ。もちろんゴーガイヤだけだ。他の奴は入れないようにだ」
「ちょっと待って」
数十秒の沈黙の後、再びジルフーコの声が聞こえる。
「いまゲート開けるから、ゴーガイヤ、ゲートは何色に見える?」
「緑だ」
「なるほど緑か、キミにはそう見えるんだね。いま、キミだけ通れるはずだから通ってみて」
「え?」
躊躇するゴーガイヤ、だが意を決したらしく、恐る恐るゲートに近づく。
いきなり、ゲートから顔が突き出て、ゴーガイヤは驚いた。
「あ、これいいね。ふーん、こういうやり方あるんだ」
レウインデはゲートから首だけだして、あたりを見回している。
ジルフーコがゲートを遮断するより早く、レウインデが入ってきた。
「ゴーガイヤだけ、って言っただろ?」
不満気にジムドナルドが声をあげる。
「ゴーガイヤの固有振動に合わせて開けたんだ」ジルフーコが弁解した「それに合わせられちゃったみたい。まあ、しょうがないよね」
「そうそう、しょうがないしょうがない」
レウインデがにこやかに引き継ぐ。
「そんな顔しないでよ。私だって君たちとお話ししたいんだよ。ゴーガイヤとばっかり話してたら、私すねちゃうぞ」




