光る人たち(3)
嵐のように立ち去っていったボゥシュー。
アグリアータはしばし呆然としていたが、やがて、その表情に喜色が芽生え、大きな感情のうねりとともに恍惚が押し寄せてきた。
「あの子…、助かるのね。こんどこそ、本当に…、元気になるって」
「そのとおりだ」
ラクトゥーナルは言った。
アグリアータはラクトゥーナルを見た。普段のラクトゥーナルであれば、絶対に言わないであろう言葉を、そのときアグリアータは聞いたのだ。
「あなたも、そう思うの?」
「ああ、そうだ、リーボゥディルは元気になる。普通の光子体の子と同じように。絶対だ」
「なら、大丈夫ね」
アグリアータの顔に微笑みが生まれた。それは、ラクトゥーナルがかつて一度も見たことのない彼女の表情だった。
「あー、いろいろすまんが、リーボゥディルの親に戻るのは、もうちょっとだけ待ってくれ」
ジムドナルドは、口ではすまない、などと簡単に言ったりするが、基本、腹の底から他人に謝ったりしない男だ。
「30分だ、30分でいい。最初の光子体の鬼炎の右腕と蒼氷の左腕、アグリアータとラクトゥーナルで、あとしばらく付き合って欲しいんだ」
いきなり昔の通り名が出てきたところで、アグリアータとラクトゥーナルは夢の未来から、ちょっと嫌な現実へと引き戻された。
「ああ、まあ、それについては。もちろん、あなた方のしてくれたことに対する感謝の気持ちもこめて、どんなことにでも、答えることにやぶさかではない」
相手がジムドナルドに変わったということで、ラクトゥーナルは、必要以上に固くなった。
これはアグリアータも同様で、もしかするとジムドナルドの風評が影響しているのかもしれない。
ただ、残念ながら、ジムドナルドには、そういう相手の心情をおもんばかるという習慣がない。
「最初の光子体の夢ってのは何だ?」
アグリアータとラクトゥーナルは、ジムドナルドの問いに顔を見合わせた。
「すまない、何を聞かれているのかよくわからない」
あまりに突拍子もない質問だったので、ラクトゥーナルは反射的に本音を言ってしまった。
「いや、べつに無いなら無いでもいいんだが、それなりに付き合いは長いんだろ? 将来の希望とか、何かやってみたいこととか、こうなって欲しいとか、何かの拍子にそういうことを話したりしたことはなかった?」
「最初の光子体のか?」
「最初の光子体のだ」
ラクトゥーナルは考え込んでしまった。
代わりに、というわけでもないだろうが、アグリアータがジムドナルドに尋ねた。
「あの…、こんなこと聞いていいものかどうかわからないけど、最初の光子体の夢がわかると、ジムドナルド、あなたには何かの役にたつの?」
「それも含めて、よくわからん」
ジムドナルドは立ち上がり、冬眠あけの熊のように落ち着かない様子で部屋の中を歩き出した。
「とにかく、よくわからないんだ。光子体転換を最初に成し遂げ、他の胞宇宙を初めて訪れた。それに飽き足らず、25481回の胞障壁超えに挑戦し、25453回失敗している。第2類量子コンピュータの建造に着手し、これを完成させるものの、胞障壁突破が不可能と見るや、部分集合を無理やり引き抜いてサイカーラクラまで作った。そして今度は、地球人から俺たちを選び出して、宇宙船に詰め込んで、無理やり宇宙に放り出す」
ジムドナルドは、いったん話を切って、紙くずをまるめて放り投げるしぐさをした。
「俺たちにからむ分だけでも、これだ。あんたたちと組んで胞宇宙を飛び回ってたときは、もっといろいろやってたんだろ?」
「まあ、いろいろやったな。あまり普通でないことも、ずいぶんやった」
ラクトゥーナルはしぶしぶ肯定した。
「それだけ、いろいろ、やって、結局、最初の光子体は、本当は何がしたかったんだ?」
アグリアータもラクトゥーナルも、ジムドナルドの問いに答えられなかった。
答えは意外なほうから飛び込んできた。
「僕はなんとなくわかる気がするな」
そう言ったのはタケルヒノだった。
「何でおまえがわかるんだよ」
ジムドナルドは毒づいたが、まあ、普通の反応だろう。
「寂しがり屋なんだよ。叔父さんは」
タケルヒノは、くすり、と笑った。
「だから、たぶん、友だちが欲しかったんだと思う。僕じゃ、友だち、ってわけにはいかないみたいだったからな」
「じゃ、何か? 近接胞宇宙をくまなく渡り歩いてたのは、友だちを探してたっていうのか?」
「それが、いちばん近いかもしれない」
アグリアータがぼんやりと呟いた。
「彼が、何かを探し求めていたのは、なんとなく、あたしにもわかってた。宇宙の真理、とか、そういう類かと最初は思ってたんだけど、そういうのではないのは、そのうちわかった。友だち、なら、しっくりくる」
「いや、探してたのは、宇宙の真理かも、しれないだろ?」
「それは、ない」
ラクトゥーナルは、あっさりと否定した。
「真理、というか、この宇宙のことを簡約可能とは彼は考えていなかったから。宇宙を完全に記述するには、まるごともう一個の宇宙が必要だと、真理とは、強いてあげれば宇宙全体のことだと、いつも言っていた」
「よーし、最初の光子体のことについて、だいぶわかってきたぞ」
ジムドナルドは指を折りながら数え始めた。
「1つめ、頭はそんなに悪くない、それほど良いとも思えんが、平均以上なのは確かだ」
そうだな、そうね、と、これについては反論はなかった。
「2つめ、寂しがり屋で友だちを探しているが、いまだ見つかってない」
「もし友だちがいたら、ものすごく自慢しそうな気がするよ、あの人は」
ラクトゥーナルが言い、アグリアータも肯いた。
「そして、人間のクズだ」
これについては2人とも、困ったような顔をしたが、あえて否定するほどの材料もないので無言のままでいた。
「頭のいい寂しがり屋で、友だちのいないクズ」
ジムドナルドは高らかにまとめ上げた。
「ここまでわかれば、会った時にすぐ気づく、ありがとう、おふたりさん、おかげで目処がついた」
「あらためて、まとめられると、ずいぶん嫌な感じだが、言われてみると、そんな感じかな」
ラクトゥーナルはアグリアータの耳元で囁いた。アグリアータは否定するかと思いきや、微妙な表情で声を潜めた。
「それほど悪い人だとは思ったことはなかったけど、確かに良い人でもなかったわね」
「ところで、次の質問だが」
ジムドナルドは切り替えが早い。
「もう、ダメそうなのか?」
何が? と異口同音に返ってきた言葉に、ジムドナルドが、思い切りかぶせる。
「とぼけるなよ。最初の光子体の容態だ。クローンの心配までしなきゃならんほど具合が悪いのか、って話だよ」




