光る人たち(2)
「まず、リーボゥディルの現状から話す」
ボゥシューはヘルメットを脱いでテーブルに置いた。
「現在、小康状態を保っているが、いろいろと不安定な部分がある。プラズマシールド突破の際の損耗なのか。それ以前に不安定な兆候があったのか判然としないから、そのあたりのことを聞きたい」
「プラズマシールド突破の損耗、って何のこと?」
そこからか、ボゥシューは呟くと、タケルヒノとジムドナルドに目をやった。2人が同時に目をそらしたので、ひとつ嘆息をついて、呼吸を整えてから、アグリアータに説明した。
「航宙用最外殻プラズマシールドを突っ切って、宇宙船内に侵入してきた。こっちが発見したときは、エネルギーをほぼ全て消耗した状態、情報核だったので、核の損傷の程度がこちらの検査だけではよくわからないんだ」
お、と小さく嗚咽を漏らしたアグリアータは、顔を両手で覆ってしまった。小刻みに明滅する彼女の傍らに、ラクトゥーナルが無言で寄り添った。
ボゥシューは、アグリアータが落ち着きを取り戻すのを待つようなことはせず、コンソールを叩いて、データを表示した。
「これが現在のリーボゥディルの情報核の連接次元情報を超立体記述したもの。突入前のデータはあるか?」
「あります」
アグリアータはコンソールに右手をかざしてデータを伝達した。
瞬時に、コンソール内の超高次元立体が、数軸同時に回転し始める。
「いいぞ、一致指数は1024ビット幅で最下位3ビットに差が出ているだけだ。突入の影響はほとんどない」
「何故、こんな速さで一致指数が出るの?」
アグリアータが驚きの顔で、ボゥシューを見つめる。
「ダーだよ」ボゥシューが答えた「時間のかかる複雑な計算はみんなダーがやってくれている」
「ダー?」
ああ、と、いま思い出したようにボゥシューが言う。
「第2類量子コンピュータのことだ。ワタシたちはダーと呼んでる」
「第2類量子コンピュータなら、当然ね。でも…」
アグリアータは複雑な表情をした。
「第一光子体の原初遺伝子推定に、3階積分補正するのをダーに断られたことでも思い出したか?」
「それは…」
「ダーが断ったのは、計算することじゃなくて、第一光子体のクローンを作るのをやめろ、という意味だったと思うぞ」
「…そのとおりです、けど。第2類量子コンピュータに聞いたの?」
「第一光子体とリーボゥディルの一致指標が99.99278%だ。2階補正までしかしていない。実質的に第2類量子コンピュータでなければ、階数3以上の積分補正は計算量的に不可能だから、やらなかった理由はわかる」
「確かにあたしではそれが限界だった」
「あと、ダーが断ったと推定した理由がもうひとつある」
「もうひとつの理由?」
「ダーも、それにワタシたちも、第一光子体がろくでもないヤツなのは知ってるから」
アグリアータは深く嘆息し、何も言わなくなった。
代わりというわけでもないだろうが、ラクトゥーナルが言い訳にもならない言い訳を口走った。
「それでも、そのときは、他の方法よりは、多少マシに思えたんだ」
「遺伝子シーケンサを通してからはどうした?」
ボゥシューは感傷にひたったりはしないようだ。
「受精卵の遺伝子と交換」
アグリアータが死人のような無表情さで答える。
「まあ、妥当だな。自己キメラ化されてるが、成長後か?」
「それはボクがやった」
ボゥシューの問いにラクトゥーナルが答えた。
「遺伝子シーケンサを通した後のチェックをすり抜けた遺伝病が発症したんだ。6歳のリーボゥディルの脊髄から採取した細胞に遺伝子改変を加えて、万能細胞化した後、もとに戻した」
「脊髄でやったのはまずかったな。精母細胞を使うべきだった」
「いまなら、そう思う。あの時はあせっていた、いまにも死にそうで…」
「あなたのせいじゃない」
アグリアータは全身を瘧のように震わせながら言った。
「誰のせいとか、そんなことはどうでもいい」
ボゥシューが蹴散らした。そんなのは後でやってくれ、というのが顔にありありと出ている。
「まあ、その後4回のキメラ化で、どうにかバランスをとるところまでこぎつけたのは、褒めてやってもいい。成人まで成長させるのをあきらめたのは3回目か?」
「わかるのか?」
ラクトゥーナルは驚きの声をいったん上げたが、すぐに首を振った。
「そりゃあ、わかるよな、わからないわけがないな」
「3回目から致死遺伝子のいくつかを、あきらかに無視してるからな」
「あの子が、光子体になりたいと言ったの」
アグリアータはうつろな目で、過去の自分に語りかけるように言った。
「みんなで、一緒に、光子体に、って」
「まあ、賢明な判断だろう」
ボゥシューは、何か、別の星で起こった出来事にコメントするように言った。実際、そうなのだが、それは、とてもおかしなことのようにも思えた。
「よし、事情がはっきりしたから、治療方針は定まった。並みの光子体ぐらいまでは元気になる」
「できるの?」
驚いて問うアグリア―タに、ボゥシューは不可解を眉間にかぶせて、聞き返した。
「できない理由でもあるのか?」
しばし視線をぶつけあった2人だったが、アグリアータの焦点が虚ろにずれて、言った。
「何も、ないわ」
ボゥシューは立ち上がり、ヘルメットを取った。
「ワタシはこれで帰るけど、用が済んだら、宇宙船まで来てくれ。余計なお世話かもしれないが、そこから先は、もう、アナタたちは、フラインディルとスラゥタディルだ。そうでなければ、リーボゥディルには、会わせられない」
「もちろんだ」
ラクトゥーナルは答えた。
「いつまで、できるかしら?」
アグリアータは、まるで他人事のように、虚空にむかって問いかけた。
「あたし、いつだって、それが一番心配なの」
「できるか、じゃなくて、やるんだ」
ヘルメットをかぶったボゥシューは、言いながら、フェースガードを閉じた。
「あと、いつまで、とかじゃない。未来永劫だ」




