薄暮の御廟(2)
小宇宙船のビオトープゾーン側をパラレスケル=ゼルの中央部に突っ込んだタケルヒノは、管制室からエレベーターを使って先端部に向かう。ザワディとヒューリューリーも一緒だ。
ビオトープゾーンは無重量状態では土砂と水泡の舞う異様な空間に様変わりしている。タケルヒノは浮遊物を器用に避けながら進んでいく。
「もう少し先に非常用のハッチがあるので」
先導するタケルヒノは、ときどきヒューリューリーとザワディに指示をだす。
「ちょうど、そこがパラレスケル=ゼルにめり込んでいるので、そこから入りましょう」
「艦長ごっこ、もうやめちゃうんですか?」
タケルヒノの口調が変わってしまったので、ヒューリューリーが寂しそうだ。
「船から降りますからね。まあ、そのうち、また付き合いますよ」
二重ハッチの内側を閉め、タケルヒノは宇宙服とライフワイヤーの状態を再確認した。自分の分、ヒューリューリー、ザワディ、すべて大丈夫だ。
「もう、このハッチの外はパラレスケル=ゼルなので、気をつけてください」
外部ハッチを指してタケルヒノが言う。
「光子体がいますか?」
「いるでしょうが、たいしたことはしてこないと思います。何かする気なら、もうこちらに来ているでしょうから」
タケルヒノの返事を聞いて、ヒューリューリーは宇宙服の上からザワディに巻き付いた。
「ザワディ、光子体は我々に臆していると思われます。目にもの見せてやりましょう」
ビルワンジル、ジルフーコ、イリナイワノフの3人は、周囲の光子体には目もくれずに、パラレスケル=ゼルの奥へと進んでいく。光子体たちは遠巻きに見つめるだけで、3人の進行方向にいる光子体などは、彼らが近づくと逃げ去ってしまう。
「よし、最初はここだな」
太いケーブルが縦横に走る部屋に入ったジルフーコは、ローカル制御ボックスの前まで進む。
「シールドへのエネルギー供給予備ラインだ。まず、ここを切断する」
ジルフーコはひときわ太いケーブルに黒い紐の様なものを巻きつけた。両端をケーブルの表面に貼り付けたボックスの中に差し込むと、ビルワンジルとイリナイワノフを下げさせ、自分もケーブルから離れた。
ジルフーコが手の中のスイッチを押す。
黒い紐が滑りながら動き出すと火花が散った。紐はどんどんケーブルに食い込んで絞り上げていき、数十秒で、ケーブルを真っ二つに切断してしまった。
「よし、次、行こう」
そう言って通路に戻ろうとするジルフーコをイリナイワノフが留めた。
「ねぇ、あそこで見てる連中、ほっといていいの?」
イリナイワノフの指し示す方向には、一部始終をじっと見つめる光子体の集団。
「別にいいんじゃないかな、ほっといて」
ジルフーコは興味なさそうに言った。
「そんなことより、先に行こう。早く仕事を済ませたい」
タケルヒノは外部ハッチを出てすぐの通路で待っていた。
ザワディに巻き付いたヒューリューリーも隣にいる。
周りは光子体に囲まれているが、誰も近づこうとはしない。
逆に、タケルヒノが動くと、そちら側の光子体が後ろに飛び去る。
ずっとこうしていても、タケルヒノとしては問題ないが、ジルフーコたちのほうに向かわれても面白くない。
「あまり待たされるようなら、一度帰って出直しましょうか?」
そう言って、タケルヒノは、またしばらく待った。
そろそろ本気で帰ろうか、と思い始めたころ、光子体の群れの奥から、ひとりの光子体が進み出た。
「先駆体の方々」
光子体が言った。情報体は、ときどき生体のことをこう呼ぶ。完全体にまだなっていない、先駆体ということで、軽い侮蔑を含んでいた。
「こちらへおいでください。タルトレーフェン様が、お会いになります」
「じゃ、行きますか」
タケルヒノは光子体を追って進み。ザワディとヒューリューリーもその後に従った。
「これで、よし、と」
ジルフーコは手元のリモートスイッチを押してワイヤーカッターを駆動させ、シールドのメイン供給ラインを断ち切った。
「さあ、終わったから、帰ろう」
「これで終わりなの?」
拍子抜けしたようなイリナイワノフの声がヘルメットに響く。
「終わりだよ」
ジルフーコは答えた。
「これで、外も内もプラズマシールドへのエネルギー供給は絶たれた。もう、この宇宙船はプラズマシールドを張ることはできない。元が第一光子体の宇宙船だから設計図も情報キューブに残ってたんで、思ったより簡単だったな。これで改造でもされてたら、少しは大変だったろうけど、まるっきり手付かずなんだよなあ。ここにいる光子体はそういうの苦手なんだろうね」
「で、どうするの?」
「だから、終わりだってば」
ジルフーコは繰り返した。
「あとは、ジムドナルド拾って帰るぐらいしかすることが…」
3人の前の空間に、突如、光の渦がわき出した。
明らかに、周りの光子体とは違う、その光を、しかし、イリナイワノフは何度か見たことがある。
イリナイワノフは伸縮警棒を伸ばして構えをとった。ジルフーコを庇うように、つ、と前に出たビルワンジルも槍を構える。
渦が人の形を取り出したとき、イリナイワノフはバーニヤスラスターを一気にふかして、警棒を突き出し突っ込んだ。
「待て、違う、姉さん。そうじゃない」
ゴーガイヤは悲鳴を上げて身をかわすと、ギリギリで警棒の切っ先が胴体をかすめていく。
ゴーガイヤは小さく丸くなった。それでも光る玉はジルフーコよりはずっと大きい。ゴーガイヤは頭だけ出して訴える。彼らしい無抵抗の表現らしかった。
「姉さん。あんたが強いのは、こないだ、よくわかった。兄貴も強い。オレ、弱い」
「だから、なんだって言うのよ」
イリナイワノフは普通に話しかけたつもりだったが、ゴーガイヤはびくりと震え、彼の光は極端に明滅している。
「違うんだ。姉さん。オレは戦わない。たのむ。話を聞いてくれ」




