光の矢(6)
「何だこりゃ」
ボゥシューが作業中のコンソール内に、びっしり並んだ記号を覗いて、ジムドナルドが口をはさむ。
「リーボゥディルの光子体転換前の遺伝子マップの推定値だ」
ボゥシューはジムドナルドを見向きもしない。
「やっぱり、それ、比較してみるのか」
ボゥシューの隣で作業をしていたタケルヒノが、あまり気乗りしない調子で呟くと、ボウシューのコンソールを叩いていた手が止まった。
「やめといたほうがいいと思うか?」
「いや、やるんなら止めないが、一致指標値は99・99278%だから、本人推定だけならやる必要はない」
「そうか」ボゥシューはコンソール上のデータをまるごと消した「それだと具体的に何かに使えるわけじゃないからな、やめとこう」
「あんまり愉快な話じゃなさそうだな」
ジムドナルドの問いを先回りして、ジルフーコが結論を言ってしまう。
「リーボゥディルの転換前素体が第一光子体のクローンだってこと、しかもクローンとしての質はあまり良くない」
「そうか」
ジムドナルドは反論もせず、ただ長い嘆息をついただけだった。
「施術者たちは、もう、そこそこ反省してるんじゃないか? だから、成長前にも関わらずリーボゥディルの願いを聞き入れて、光子体転換してしまった。後はリーボゥディルが気づくまで、ずっと家族でいる気だろう」
「第一光子体にバレて叱られたか?」
ジムドナルドが力なく笑った。
「その程度で引くぐらいなら、最初からこんなことしないだろ」
ボゥシューはジムドナルドの意見には賛同しなかった。
「何を基にクローニングしたのか知らないが、その一致指数だと生体機能を維持するのもかなり困難だ。リーボゥディルは幼児の頃、ずっと入院していたと言ってた。おそらく、できることは全部やったんだろう。企ては間抜けだが、現在のリーボゥディルの状態を見れば、つぎ込まれた技術だけは一線級だ」
「別に第一光子体なんか関係ないと?」
「リーボゥディルと家族になろうと思ったのは、少なくとも第一光子体とは関係ないと思う」
「よし、決めた」
突然、ジムドナルドが立ち上がった。
「俺は、リーボゥディルの両親を助けに行くぞ」
「ああ、いいよ」
タケルヒノはコンソールから目を離さずに言った。
「僕のほうで、例のタルなんとかの相手をするよ。さすがにひとりじゃキツイから、ヒューリューリーとザワディに手伝ってもらう」
「わかりましたぁ」
ひさびさにヒューリューリーが一本伸びをして、あやうく天井に頭がぶつかりそうになった。
「おい、大丈夫なのか?」
さすがのジムドナルドも不安をおぼえたらしく、小声でタケルヒノに尋ねた。
「まあ、なんとかなるだろう。ザワディには、後で僕が直接頼むよ」
「だから、そうじゃなくて…」
「今回はボクも行くよ」
ジルフーコが右手でメガネを直しながら言った。
「光子体をトラップできる宇宙船の装備と言えばプラズマシールドだから、パラレスケル=ゼルのシールド発生機を壊せば物理的には問題の半分は解決するだろうしね」
「お前もタケルヒノも行ったら、宇宙船はどうするんだよ」
「ダーがいる」
ジルフーコはジムドナルドに言った。そしてダーのほうに向いてあらためてお願いした。
「そういうことで、宇宙船のことはよろしく。細かいことはサイカーラクラに聞いてね」
はい、わかりました、と、ダーとサイカーラクラが同時に返事した。
「じゃあ、俺はジルフーコに付き合うよ」
ビルワンジルが言った。
「光子体相手なら、オレも少しは役にたつだろ。イリナイワノフはどうする?」
問われたイリナイワノフは腕を組んでしばし考えた。
「ボゥシューはどうするの?」
「ワタシはリーボゥディルを見なきゃならんから、船に残るぞ」
「そっか、うーん」
何をどう考えたのかはわからないが、イリナイワノフは結論を出した。
「あたしはジルフーコと行く。それがいちばん良さそう」
「じゃあ、多目的機は2機用意でいいね」
「いや、僕のほうはいいよ」
「え?」
不審げな顔のジルフーコにタケルヒノが言う。
「僕は小宇宙船で行くから、それでいいんだろ、ジムドナルド」
そーそー、とジムドナルドが肯く。
「えらく大仰だな」
ボゥシューが言うと、ジムドナルドは、ますますふんぞり返った。
「こういうのは、デカけりゃデカイほどいいんだ。さすがに宇宙船で行くわけにはいかないから、小宇宙船がいい」
「なるほど、では私も発音練習をして、体をもっと大きく見せましょう」
「いや、それはやめとけ」
「どうしてですか?」
直立した半身をびゅんびゅん振り回すヒューリューリーを迷惑そうに見ながら、ジムドナルドが言った。
「パラレスケル=ゼルは、元宇宙船とは言っても光子体用だから、船内に空気なんかない。お前は宇宙服着て操作盤で筆談」
「なんと」
ヒューリューリーは体を斜め横に傾け、最大の風切音を発した。
「パラレスケル=ゼルは、お客の扱いがなっていませんね」
「そういうのが偉いと思ってるんだ。小物臭さがぷんぷんするだろ」
ジムドナルドは笑った。
「だから、やりやすいんだけどな」




