光の矢(3)
「眠ってるのかな」
エネルギーポッドを覗きながら、イリナイワノフが言う。
光子体の少年は、人型を維持するのが困難というレベルからは抜け出していた。少年の姿のまま、目を閉じて、静かに明滅を繰り返している。
「供給エネルギーに催眠効果のある波形パターンを入れてるからな。基底発散エネルギー波の形もα波に近いから、眠ってるとみていい。情報キューブのデータが正しければ、次に目覚めたときには、普通に話せるはずだ」
イリナイワノフとサイカーラクラは、ボゥシューの言葉に肯きながら、エネルギーポッドで眠る少年の姿を眺めていた。
「ファライトライメンに住んでいる人に少し似ていますね」
振り向くと、ダーが実験室の入り口から入ってくるところだった。
「ファライトライメンですか?」サイカーラクラがダーに尋ねた「第一光子体の生まれ故郷の?」
「ええ、そうです」
ダーはサイカーラクラの問いに肯定で答えた。
「指が長めで耳の先が少し尖っています。第一光子体は近接胞宇宙を飛び回りすぎて、各種族の特徴がごっちゃになっているし、時々気分で姿形を変えるからわからないけど、この子はまだファライトライメンの特徴が残っている。でも光子体の場合、強烈な体験で姿が変わってしまうことはよくあるから、アテにはなりませんけどね」
「光子体っていろいろ不思議なんだね」
イリナイワノフはエネルギーポッドに眠る少年を見ながら呟いた。
「で、タルなんとかの通信文は読んだか?」
「読んだけど」
タケルヒノはうんざりした顔でジムドナルドの問いに答えた。
「行方不明の光子体を捜している、っていうのと、パラレスケル=ゼルに来い、っていうこと以外は特に意味のあることが書いてあるようには見えないんだが…」
「お前、読んだんだ、あれを、凄いな」
「読まなかったのか?」
「3行でやめた。目が滑る」
ジムドナルドは、タケルヒノの肩を、ぽん、と叩いた。
「そんな顔すんなよ。いい男が台無しだぞ。それで、どうするんだ?」
「先に、あの子の話を聞かないと何とも言えない」
「じゃあ、タルなんとかは放っておくんだな」
「放置してれば、次の通信文で少し文章も短くなるだろう?」
「長くなるかもしれんぞ」
「そしたら読まない」
ジムドナルドは両手を広げて口笛を吹いた。
「あいかわらず、お前、かしこいな」
「パラレスケル=ゼル、って何だ?」
ビルワンジルに聞かれて、ジルフーコはコンソールから顔を上げた。
「第一光子体の宇宙船なんだよ」
「第一光子体の宇宙船?」
異口同音に反復したビルワンジルは怪訝な顔だ。ジルフーコが説明を続ける。
「第一光子体の宇宙船を使った数少ない胞障壁突破の成功例の1つだったんだ。でも出た先がパラレスケルだからね。何にもないところで、資源補給もままならないから、第一光子体は宇宙船を捨てて他所に行ってしまった」
「まあ、普通にそうだろうな」
「でも、パラレスケルは、目的のない光子体にとっては住み良い所だ。しかも宇宙船があって最新テクノロジーも使える。宇宙船は光子体の溜まり場になった」
「深夜営業のコンビニエンスストアが溜まり場になるみたいなものか?」
「しかも無人だ」
ジルフーコは笑った。
「パラレスケル=ゼルは、乗り捨てられた当初の第一光子体の宇宙船よりは、かなり改修されている。でも改修したのは素人だし、資源も豊富とは言えない状況だから、かなり歪な状態なんじゃないかと思うよ」
「そこに大勢、光子体が住んでいるのか?」
急にジルフーコの顔つきが変わった。いつもの皮肉を半分隠した、いたずらっ子の顔とはまったく異なる表情だった。
「住んではいないのかもしれない」
「何?」
「プラズマシールドを突っ切って飛び込んでくるなんてのは、火事で燃え盛る家の中に飛び込むようなものだ。いくら光子体だからといって、別の胞宇宙からそんなところにわざわざ飛び込んでくるとは思えない。あの子は、パラレスケル=ゼルから来たんだ」
「逃げ出したのか?」
ジルフーコはやっとビルワンジルのほうを向いた。
「逃げ出すようなところには、住んではいないよね」
「閉じ込められてるのか」
ジルフーコはコンソールに目を戻した。
「そのへんが妥当だと思うよ」
ザワディに巻き付いたヒューリューリーがやってきた。いや、正確に言うと、ヒューリューリーを巻きつけたザワディがボゥシューの実験室に入ってきたのだ。
ザワディはエネルギーポッドの前で止まった。
「ザワディ、あなたの見つけた光子体はかわいい子供ですね。良かったですね。怖くなくて」
ヒューリューリーは、ザワディの上で上半身をびゅんびゅん振り回す。
「こら、やめろ」ボゥシューが慌てて制止した「あんまり騒ぐな、目を覚ました時に、オマエらみたいなヘンなのが、いきなり目の前にいたら驚くだろ、静かにしろ」
叱られたヒューリューリーは控え目に体を旋回した。
「ザワディは気高き獣そっくりですからね。怖いですよね。ザワディ。驚かしてはいけないので静かにしましょう」
――ヘンなのはオマエもだよ
ボゥシューはよっぽど言いたかったのだが、ここで騒いで光子体を起こしては本末転倒なので、ぐっと我慢した。




