第八.五話 ~天界の憂鬱~
場所は変わり、ここは妖怪の山の頂上のさらに上、天界。その中でも非想天と呼ばれる領域である。
普段は神聖な場所であるそこは、今は天人たちの大宴会となっており、高貴な天人たちも今夜ばかりは礼儀を忘れ飲めや歌えやの大騒ぎである。ただ、その中に一人、明らかに天人ではない者が混じっていた。子供のような容姿をしており、手足には変わった形の枷のような物がついている。さらに特徴的なのは、頭からは伸びた2対の大きな角。彼女は、幻想郷では鬼と呼ばれる種族であった。
「いやぁ、やっぱり此処はいつ来てもいいねぇ」
身長の割に大きな瓢箪を片手に持ち、その中身をぐいぐいと呷りながら一人呟いていた。
ふと、その後ろから声が掛けられる。
「また勝手に来てたのね?萃香ったら」
「おや、天子じゃないか、久しぶり~」
声をかけられ振り向くと、そこにいたのは天人の間でも有力家である比那名居の娘、天子であった。
「もう、勝手に来たら駄目だって言ってるのに」
「いいじゃないか別に。みんなで飲む酒は美味しいぞ!」
「それはいいんだけど、貴方が来るたびに私がみんなを説得しなきゃいけないんだから」
「へえ、それはご苦労なことだね~」
「他人事みたいに・・・」
天子は呆れたように萃香を見る。そんな視線には全く取り合わず、萃香はまるで水でも飲むように瓢箪の酒を喉に流し込む。
「第一、その飲み方は何とかならないの?そもそも天界ではそけは微酔に飲むのが礼儀で・・・」
「いいじゃないかそんな事ぐらい。さあ今日は宴だ~!夜通しで呑むぞ~!」
「・・・聞いてないし」
ガックリと肩を落とし萃香の後に天子は続く。
本来、天界には天人や竜宮の使い以外の者は気安く来てはいけないのである。なのに天子がこうも萃香に甘いのは、以前起こした異変の時に手助けを受けた事と、追い返そうにも一筋縄ではいかない相手であることを知っているからであろう。
「んー、んぐーんーうんー、んーぐ」
「喋る時くらい酒飲むのやめなさいよ」
「そういえばさ、天子」
「何?」
「最近天狗から聞いたんだが、エルミーの奴が帰ってきたんだとさ」
「エルミーが?」
その話を聞くなり、天子は何やら複雑な表情を浮かべる。
「それ、いつの話?」
「大体2週間くらい前らしいよ」
「うわぁ・・・」
今度は苦虫を十匹くらいまとめて噛み潰したような顔になる。
「私あの子苦手なんだよなぁ・・・」
「あっはっは。前の異変の時はコテンパンにやられたもんなぁ」
前の異変。それは、エルミーが消える数年前の夏に天子が起こした、天気がおかしくなる異変の事である。あの時、萃香の助力で大勢の暇潰しを集められたが、一人だけ暇潰しどころではない実力の持ち主がいた。エルミーだ。
彼女の気質は、雷雨。夏だというのに朝も晩も雷鳴の轟く音で眠ることもできず、犯人探しに向かった訳だが、その時は偶然ほかの人物とは会わなかったようで、誰も彼女が天界に行ったことなど知らなかったらしい。結局、天界で天子に会い勝負となったが、その実力は他の人間とは一線を画しており、天子は本気は出していなかったがコテンパンに負かされた。だから天子はエルミーの事が苦手なのである。
「その内ここに来るかな?」
「さあね。ただ、宴会嫌いのエルミーのことだからそんなにすぐには来ないんじゃないか?」
「そう、良かった・・・」
「何だったら私が萃めてあげてもいいよ?」
「ちょっと、やめてよ!何の嫌がらせ?」
「いやぁ、天子のことだからあんな事言っときながらほんとはもっと痛めつけて欲しいんじゃないかなーって・・・」
「出てけー!」
徳利を投げつけながら追いかける天子。萃香は笑いながらそれから逃げていた。そして、周囲の皆もまた笑っていた。
いつも通りの宴会の風景。それが、ほんの数日の間に乱されるとはこの場の誰もが思ってもみなかった。そして、それがこの異変にレイとエルミーを巻き込むきっかけになる事も・・・