表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方剣雷録~Another I~  作者: ksr123
第一章 度重なる再会と死闘
8/12

第八話 ~狂気の夢~

阿求が消え、部屋で独りきりになったエルミーは、ただ呆然と天井を見上げていた。


思い出したくもない、ずっと心の奥に封じ込めていた記憶。今はもう、どうでもよかった。どうでもいいと思っているのに、なぜこんなに胸が締め付けられるような・・・。


もう考えるのは止そうと、痛む傷に気を遣いながら布団に潜り込み、目を閉じる。しかし、何も考えまいとすればする程、エルミーの心に次々と浮かんでは消えていく物があった。体では庇えても、心には庇っても庇いきれない瑕があった。


過去を話した。ただそれだけの筈なのに、今までにないほど心が重い。大福が食べたいなどというのは嘘である。ただ、2人の心と、場の空気があまりにも重すぎて耐え切れなかったのだ。


過去を話した。自分が一番よくわかっていることなのに、分かっていても涙が出てくる。なぜあんな事になってしまったのだろうか。自分の何がいけなかったのだろうか。


過去を話した。私の、呪われた、過去を・・・


ふと、真っ暗な瞼の裏にあの記憶(・・・・)が映し出される。


◆◇◆◇◆◇


あるひとりの少女が人里で生まれた。ごく普通の家で、ごく普通の人間として。両親はとても喜んでいた。初めて授かった命にこれまでにない愛おしさを感じていて、子供を何よりも大事に育てた。


彼女は元気で活発な子だった。明るくて、楽しくて、皆の人気者だった。毎日、里の友達と遊んだり、寺子屋で勉強したり、平凡で、幸せな日常を送っていた。


それから数年して、エルミーが生まれた。人里から遠く離れた、ある場所で。しかし、親など最初からいなかった。捨てられた、という事ではなく、エルミーに血縁上の父や母はいなかった。しかも彼女は、その時から既に普通の人間ではなかった。人を殺すために生まれ、人を殺すために生きる。その事を知っても、不思議と心の中は穏やかだった。だけど、本当はその気持ちが、悲しむことよりも、絶望するよりも恐ろしいものであることを、彼女は知らなかった。


ところ変わって、同じ年のある日のことだった。


少女のいた里は、突然ある妖怪達により滅ぼされた。


人々はみんな死んだ。けれど、運良くその少女は生き残った。けれど、皮肉なことに生き残ってしまったことが彼女とエルミーの人生をより残酷なものにしてしまうのであった。今の幻想郷でその事を知っているのは、エルミーと、大月。そしてある妖怪の一族だけだった・・・


◆◇◆◇◆◇


戸の開く音が聞こえる。目を開くと、女中とおぼしき女性がそこにいた。


「失礼します。阿求様を見られませんでしたでしょうか?」


「あっきゅん・・・?私は見てないけど」


「そうですか・・・」


それだけ言うと、女中は「失礼しました」と言って部屋を出ていった。


「あっきゅん、どうかしたのかな・・・?」


よく考えてみれば、買い物に出てから時間が経ちすぎている。いくら何でもこんなに掛かるなんておかしいと、エルミーの脳裏にはかすかに警鐘が鳴り響く。


何があったのだろうか。道にでも迷っているのだろうか。いや、それなら阿求のことだ。誰かに道を聞いているに違いない。知っていてわざわざ教えないような輩も、この里にはそうそういないだろう。ますます分からなくなる。エルミーの脳に響く危険信号は、徐々に強く、激しくなっていく。


暫くは阿求のことを考えていたが、暫くすると、エルミーはそのまま眠っていた。


◆◇◆◇◆◇


「いいだろう。そんなに会いたいのなら会わせてやるよ。来い、エルミー」


男の声が暗闇に響く。すると、奥からは、一人の少女がゆっくりと歩いてきた。


身長はやや低く、金色の髪。身にまとった服には、大小様々な血痕が付いていた。やや黒ずんでいたそれは、彼女が今までどれだけの人を殺してきたのかを物語っていた。


「エルミー!」


少年が叫ぶ。その少年は、全身を縄で縛られ、床に正座させられていた。頭や口から血を流し、焦点の定まらないやや虚ろな目でその少女―――――エルミーを見つめていた。


エルミーはその叫び声に反応さえせず、ゆっくりと少年に近づく。


「どう―――たの、―――ミー?僕だ―――樹だよ!」


何を言っているのかはよく聞こえない。ただ、少年を泰然と見下ろしながら、ゆっくりと、ゆっくりと歩み寄る。その瞳に感情というものは感じられない。まるで人形のように、


彼女には『心』が無かった。


僕だよ、目を覚ましてよ、と何度も叫ぶ少年の声も心を失ったエルミーには届かず、彼女は右手に持った短剣をゆっくりと少年に突きつける。その瞬間、ある事を悟り少年の表情が変わる。目から光は消え、恐れるような目でエルミーを見る。


「そんな・・・やめてよ、エルミー・・・君はそんな」


勢いよく、短剣を突き出す。その刃は少年の口の中へ潜り込み、喉を通り脳幹を貫く。口から大量の血を吐き、少年は力なく項垂れる。そのまま短剣を下に引き、喉を裂いて胸元を魚を料理するように真っ二つに開く。声もあげないまま少年はそのまま床に伏し、上質な木材で作られた床板に真っ赤な血だまりが広がっていく。


「クックック・・・全く、影でコソコソと嗅ぎまわるからこうなるんだよ。あの時点で大人しく逃げていれば良かったものを」


エルミーの後ろに立つ男は、さも愉快そうに笑っている。それも当然だろう。エルミー一人さえいれば、彼は何もかもが意のままだ。まさに彼は、幻想郷を手に入れたつもりでいた。




あれ、私は何をしているの・・・?目の前にいるのは・・・! 

なんで?どうして死んじゃったの?ねえ、目を覚まして、お願い! 

誰なの?誰が殺したの!?なんで、死んでるのよ・・・


目の前で、大切な人が死んでいる。なぜ、誰が殺したのか・・・ ああ、そっか。最初から分かっていたんだね。



私が、殺した。



私が、彼を殺した。



私が、彼をこの手で殺した。



私が、殺した。私が・・・ハハッ、アッハハハハハハアハハ!



殺しちゃった。私が、大好きな彼を、この手で・・・



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


無我夢中で、部屋を飛び出した。追いかける人を振り切り、目の前に立ち塞がる者を蹴散らし。

ただ、今は逃げたかった。残酷な現実から。自分の犯した罪から。だって・・・


私が殺しちゃったんだ。


ごめんね。本当に、ごめんね。本当の本当に、謝っても謝りきれないくらい、


ごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ