第七話 ~告白~
目が覚めた。起き上がるが、胸が痛む。どうやら怪我をしているらしい。確認してみると、どうやらかなりの重傷のようだ。起き上がっていると辛いので、和室に敷かれた質素な布団に再び潜り込み、考える。ここは、稗田亭。それは見れば分かるが、なぜ自分がここで寝ているのか、なぜ自分が怪我をしているかは思い出せなかった。
寝たままの姿勢で窓から外を見る。もうすぐ夏である。最近は虫も多くなってきて、虫嫌いのエルミーには辛い時期である。雲一つない真っ青な空。数話の鳥が飛んでいく姿が見えた。
そういえば、レイはどうしているだろうか。
最近、レイの事が頭から離れない。事あるごとにレイが頭に浮かぶ。別に、好きになった訳ではない。レイが際立って魅力的な訳でもないし、人里には他に何人も気になっている男性はいる。けれど、何か恋とは別の感情がレイに惹きつけられているような感覚があった。自分にはなぜかは分からない。ただ、同じ時期に幻想入りしたことで、親近感を感じている自分がいた。レイの顔が浮かぶ・・・何故だろう。近くにいない時の方が、より鮮明に思い出せる。
しばらく寝ていると、部屋の戸が開き、大月が入ってきた。
「あら、大月じゃない」
「エルミーはん、傷はどないな感じや?」
「まだ動けそうにないね。暫くは休まないと」
「そっか」
「・・・っていうかなんで私怪我したの?」
「え?」
大月が驚いたようにエルミーを見る。
「いや、私昨日からの記憶がなくってさ。傷の所為なのかな?」
「何だ、そないな事かい・・・何かよく分からへんけど、銀色の鉄みたいな奴らにやられとったんや。致命傷やったで?心配しとったんだから」
「そう・・・ありがと、大月」
意外にも素直に礼を言われて、大月は「いや、別にええねん」と照れていた。
「あ。大月、そう言えばあっきゅんは?」
「ああ、阿求はんの事?阿求はんなら大丈夫やで。昨日の1件でやられた右肩の傷が酷かったけど、あれくらいなら数日で治るさかい、心配無いで」
「そう・・・よかった」
エルミーは、それを聞いて安心した。ただ、関係のない阿求を巻き込んでしまったことに罪悪感を感じていた。自分がもっと慎重に動いていれば。もっと力があったならば、阿求を守れたかもしれないのに。つくづく自分の無力さが恨めしい。
大月は「ほな、お大事にな」とだけ言って部屋を出ていった。部屋に取り残されたエルミーはあることを考えていた。
阿求は自分の事を恨んではいないだろうか。エルミーの所為で怪我をしてしまったことで、エルミーを嫌いにならないだろうか。それに、阿求の前で能力を使ってしまった。エルミーは、阿求のような普通の人間からしてみれば、化け物のようなものだ。それ以前に、エルミーはもう人間ではない。阿求はそんな自分を、嫌いにならないだろうか。
正直に言うと、不安で仕方なかった。こんなことで親友を失いたくないと、切に思う。けれど、どうにもならない事だってあると、無理矢理自分を納得させてからエルミーは再び眠りについた。
◆◇◆◇◆◇
「・・・ミー、エルミー!」
誰かの呼ぶ声で目が覚める。すると視界にうつっていたのは、
「あ・・・魔理沙」
「ウチもおるで」
ちゃっかり横に大月がいる。
「何が『あ・・・魔理沙』だよ!お前大丈夫か?」
「別に大丈夫よ。大した怪我じゃないし」
(平気な顔して大嘘ついとるがな・・・)
不安そうに問う魔理沙を尻目に、エルミーは素っ気無く答える。大月はそれを呆れたように眺めていた。
「大した怪我だろ?全く、無理するからこうなるんだぜ?お前は人間なんだから気をつけないとやばいぜ。守れるものも守れなくなる」
エルミーは何やら難しい顔をして黙り込んでしまう。魔理沙の言葉が絶妙に的を射ていた所為だ。
「ど、どうしたエルミー?」
「・・・ごめんなさい、魔理沙」
「別に謝れなんて言ってないぜ?わかってくれればいいんだよ」
「違うの、魔理沙。あんたに謝らなきゃいけない事があるの」
「謝らなきゃいけない事?」
訝しむ魔理沙に、エルミーは頷いてから言う。
「私・・・実は人間じゃないの」
魔理沙は心底驚いたようだった。思わずといった様子でエルミーの顔を凝視する。大月は、表情は変えず、黙ったままだ。だが、内心は驚いているに違いない。
「本当か・・・?」
エルミーは、無言のまま重々しく頷く。
「じゃあ、お前は何なんだ?妖怪か?」
「ごめんなさい。それはまだ言いたくない。いつか話すから・・・今はまだその時じゃないの」
「そうか・・・分かった。お前が言うんだ。いつかは、必ず話してくれよな」
「ええ。約束するわ」
「あんま焦らしちゃアカンで~」
「わかってるわよ」
そこまで言ったところで、再び戸が開いた。直後、レイが倒れ込むようにして部屋に飛び込んできた。思わず魔理沙と大月は1歩身を引く。レイが何か言おうとしたがエルミーが先に口を開く。
「あら、レイじゃない。どうしたの?」
若干引き気味になりながら、エルミーが例に尋ねた。すると、レイはそれが気に食わなかったのか、より語気を強めて言った。
「どうしたって、お前が怪我したって言うから心配してきたんだぞ!?」
その言葉を聞いて、エルミーは最初驚いたようだった。レイがそんなに自分を思っていたとは思わず、呆気にとられて見つめる事しかできなかった。
「別に来てくれなくてもよかったのに」
などと素っ気無く言ってみるが、内心はとても嬉しかった。ただ、レイにその事を知られたくないのでこんな言い方になってしまった。レイはかなりムッとした様子だったが、それ以上は何も言わなかった。すると、そこに魔理沙が口を挟む。
「へえ、お前エルミーのことがそんなに心配だったのか?」
「当たり前だろ?友達なんだから」
若干魔理沙に当り散らすような剣幕でいうレイの言葉に、魔理沙はまたしても引くが、エルミーにとってはレイのその一言が衝撃的だった。
今まで、他人から友達と言われた事なんて、魔理沙と阿求くらいしかない。てっきり自分は嫌われ者なんだと思っていたのに、自分をこんなに心配してくれている。そんな些細な事でも、エルミーにとっては衝撃的な事だった。
なのに、なぜか全く嬉しくない。最近、レイといるといつもこうだ。レイの事は好きでもないはずなのに、なぜか体が無意識のうちにレイを求めている。今だってそうだ。一体、自分はレイの事をどう思っているのだろうか?それすらも分からないのがもどかしい。
相当機嫌が悪くなっているレイに、大月が見かねたように言う。
「あんさんが、レイはん?」
意表をつく大月の言葉に、レイは少し狼狽えながら答える。
「え?ああ、そうだけど。俺に何か用か?」
完全に機嫌は元に戻っている。狙い通り、と言わんばかりの笑顔をエルミーに向けてくる。
「ウチは、逆八 大月。レイはんの事はエルミーはんから聞いてるで。これからよろしくな」
「ああ、よろしくな。ところで、エルミー」
あっさりと話題を切られ、今度は大月が軽く舌打ちをする。そんな大月に苦笑しながら、エルミーはレイを見る。
「何?」
「お前、誰にやられたんだ?」
一番されたくない質問だった。記憶がない今、その質問に答える術をエルミーは持っていなかった。
「ええっと・・・誰だっけ・・・?」
必死に記憶の糸を手繰る。が、そんな事をしても思い出せるわけがない。
「どうしたんだ、エルミー?」
言い淀むエルミーにレイは不思議そうにしている。そこに見かねた大月が割って入る。
「ああ、エルミーはんは戦ってた時の記憶がないんや。怪我も酷かったし・・・」
するとレイは納得したように頷き、次いで申し訳なさそうに言う。
「そうか・・・ううん、ならいいんだ」
「あ、でも、ウチも姿なら見たんやけど・・・」
「けど・・・どうしたんだ?」
「何か、全身が鉄みたいに光っとって、あんまり生き物らしくない見た目だったというか・・・一応、止めは刺しておいたんやけど」
「鉄・・・?」
レイはその言葉を聞くなり腕を組んで考え込んでしまう。どうやら、大月の言葉に思い当たるフシがあるようだ。ひたすら記憶を確かめるレイを、3人ともじっと見つめる。
やがて、レイが口を開く。
「・・・死体が消えたんだ」
「え?」
いきなりの言葉に3人とも声が出ない。レイは続ける。
「人里で俺が仕留めた青い奴。あの時は気付かなかったが、死体が消えていた。生きていたんだ。あいつ」
その言葉を聞いて、エルミーの頭にあの日の戦いが浮かぶ。そして、欠けていた昨日の記憶もまた、蘇る。あの時の2人だ。2人とも生きていたんだ。
レイの言葉に魔理沙が叫ぶ。
「何だって!?まさか、あの時のあいつが・・・?」
エルミーもまた、取り戻した記憶をみんなに伝える。
「そうよ!思い出した。確かにあの時の2人だった!」
エルミーの言葉を聞いて、レイは唸る。
「やっぱりか・・・。あの時、魔理沙が仕留めた奴も生きていたんだ。奴らは、エルミーが1人になるのを狙っていた・・・狡猾な奴らだ」
「狡猾というよりは卑怯だぜ。2人がかりで来やがって・・・!」
魔理沙は腹を立てた様に言う。
「そんな事を言っても仕方ない。もう済んだことだ。気にする必要は・・・」
レイがそこまで言いかけた時、部屋の戸が開き、1人の少女が顔を覗かせた。
「失礼します」
そこにいたのは、阿求。下げていた頭を上げると、レイの姿を見て少し不思議そうにしている。レイに会うのは初めてのようだった。右肩には包帯を巻いており、まだ傷は癒えていないようだ。
「えーと・・・あなたは?」
「俺はレイ・リゲイン。エルミーの友人だ」
自分から友人と言い張る。ちょっと勝手だとは思うが、悪い気はしない。けれどいい気もしない。またあの時のむずがゆい感じの気持ちだ。
「そうですか。わざわざお見舞いに来てくださったんですね」
「ああ。当然だ」
軽く自己紹介を終えたところで、阿求はエルミーに向き直る。
「エル、傷はどう?」
「うん、平気。まだ動けないけど、痛みはないわ」
「そう、よかった」
阿求は優しく微笑む。今度はエルミーが阿求に問う。
「あっきゅんは、肩は大丈夫?」
「ええ、もうこの通り!」
そう言うと阿求は勢いよく立ち上がり、ブンブンと腕を振り回す。が、直後右肩を抑え呻きながら座り込む。エルミーを安心させようと思ったのだろうが、少々無茶しすぎだ。
「ちょっとあっきゅん、何してんの!?」
「痛たたたた・・・いえ、エルを安心させようと思っただけ・・・」
「んもう、ほんと相変わらずね」
「あははははは」
もう笑うしかない、という風に阿求が笑う。みんなもつられて笑った。阿求は昔からちょっと天然で、よくドジをして場を和ませてくれた。今回もそうだ。阿求がいると、エルミーは何も考えずに笑うことができる。
「あ、ところで皆さん・・・」
一頻り笑ったあと、阿求が唐突に切り出した。
「ちょっと席を外していただけますか?エルと2人で話したいんです」
阿求自身、相当勇気のいる申し出だっただろう。友人の見舞いに来た人達に、いきなり出て行けというのだ。かなりの度胸が必要だ。
「・・・なぜや?」
大月が静かに言う。それは大声で怒鳴るよりも、阿求の不安を煽る結果になった。
「ウチらはエルミーはんを心配してやってきたんや。その気持ちを度外視するほど、あんさんの話っちゅうのは重要な事なんやな?」
正直言って、阿求は怖くて仕方なかった。元々引っ込み思案な性格なので、あまり強く言うのは得意ではない。だが、エルミーと自分のために、阿求はなけなしの勇気を振り絞った。
「・・・あなた達にとっては些細なことかもしれません。けれど、私は、どうしてもエルと話したいことがあるんです。親友同士で、話し合いたいんです」
阿求は真剣な眼差しで大月に語りかける。大月はしばらく阿求を厳しい目つきで睨んでいたが、恐怖で逃げ出したい気持ちを押さえつけて、阿求もその深い瞳を見つめ返す。すると、大月の目から敵意が消え、小さく溜め息をつくと立ち上がる。
「親友っちゅうのは反則やで。それを言われたらウチらは引き下がるしかないんやから」
それだけ言うと大月は部屋を出る。レイと魔理沙もあとに続く。やがて、部屋には阿求とエルミーだけが取り残された。
「よかったね。あっきゅん」
「・・・あの人達が優しいんですよ」
若干自嘲気味に言うと、阿求はおもむろに切り出す。
「エルミー、あなたは、何者ですか?」
「・・・」
エルミーは何も言わない。阿求は続ける。
「あなたは人間ではない。妖怪でもない。一体、何者なの?」
「・・・」
エルミーは何も言わない。阿求はもう語を継ぐのを諦めた。あとはエルミー次第だ。
「・・・あっきゅんが聞きたいと思うなら、なんでも話す。隠すことなんてしない。けれど、あなたは私の話を聞いた後、すごく後悔すると思う。それでも聞きたい?」
エルミーは、秘密主義な訳ではない。ただ、自分のことで周りを巻き込みたくないだけ。それが、エルミーの最大の優しさだった。けれど、阿求はその優しさを快くは思っていなかった。
「・・・心配してくれるのは嬉しい。けど、ただ心配するだけが親友じゃないと思うの。お互いのことを知り、喜びも、悲しみも分かち合う。不安な事があれば相談すればいい。それが、本来あるべき親友の姿だと思うの」
エルミーは何も言わない。阿求も何も言わない。今はただ、エルミーが沈黙を破るのを待っていた。
「ごめんなさい。私、自分勝手だったわね。あっきゅんの事ばっかり知りたがって、自分のことは何も言わないなんて」
「・・・自分を責める必要はないのよ。エルはただ、優しすぎただけ。あなたは親友だからこそ、私の安全を第一に考えてくれたの。けど、あなただけが危険を冒す必要はないの。喜びも悲しみも、危険だって痛みだって分かち合うのが親友なの」
「・・・ごめんなさい。私、誤解してた」
「それじゃあ、話してくれるわね」
エルミーは決心したように大きく息を吸い込むと、答えた。
「ええ。話す。全てを」
そうして、エルミーは自らの過去を語り始めた・・・