第六話 ~油断の代償~
「エルー!その木材こっちー!」
「はいはーい!今行くよー!」
そう言うとエルミーは、両手いっぱいに抱えた木材を阿求のもとへ運ぶ。
「よいしょ。はい、ここに置いとくね」
「ええ。ありがとう、エル」
突如現れた妖怪により里が破壊された。妖怪はエルミー達が退治したが、里の復興はまだまだ終わっていない。
「ふー、ちょっと休憩~」
「お疲れ、エル」
そう言うと阿求は水の入った水筒を差し出す。
「お、ありがと~」
「いえいえ、こっちこそありがとう、手伝ってくれて」
「えへへ、どういたしまして」
「今回はエルのおかげで助かったよ」
「えへへ、どういたしまして」
「ところでエル」
「何?」
「あなたって本当に普通の人間?」
「さーて、仕事仕事~」
「あ、ちょっと待ってよ!」
二人は休憩を終えると、また里の復興の手伝いに励む。
「おじさん!これお願い!」
「あいよ!任しとけぃ!」
「あっきゅん~、ちょっとこっち手伝って~」
「ごめんいま手が離せない!」
「え~!?」
などと色々あったが、復興は順調に進み、一応民家は大体立て終えた。
「ふ~、今日も働いた~!」
「本当、あっという間に直っていくわね」
里はあれから1週間足らずで元の姿を取り戻しつつある。皆が元の生活を取り戻すために、一生懸命働いた。エルミーも、彼らの役に立ちたい一心だった。
「っ・・・」
日も沈む頃、人里のはずれ。突然エルミーの胸に激痛が走る。思わず胸を押さえてうずくまる。
「エル、大丈夫?」
後ろから心配した阿求が声をかける。
「うん、大丈夫・・・先行ってていい、から・・・」
だんだん動悸が激しくなる。阿求には秘密にしておきたかったので、エルミーは一人で駆け出す。
「あっ、エル!」
阿求の声を無視して物陰に隠れ、懐から取り出した薬を一息に飲み干す。
「う~、やっぱ苦い」
動悸も収まり、痛みも消えいつもの口調が戻ってくる。エルミーが飲んだのは、アリスから貰った魂安定剤だった。
あれから、時々胸に痛みが走るようになった。原因は、魂の暴走。場合によっては死に至ることもあり、この薬は手放せない物となった。今では、定期的にアリスが薬を届けに来てくれていた。
「ふう・・・」
「エル、大丈夫!?」
心配して追いかけてきた阿求が声をかける。エルミーは笑いながら「うん、もう大丈夫」と答える。
「そう・・・でもなんだったのかしら、今の。場合によってはお医者さんに見せないと・・・」
「いや、もう大丈夫だから、ね?」
「う、うん・・・」
半ば無理やり阿求を説得すると、エルミーは阿求と別れ、自分の家はないので野宿の準備を始めた。
「さ~て、まずは火おこしっと」
そう言って火をおこし始める。もう何度もやって慣れているのですぐに火がつく。
「うん、火はよしっと。で、次は・・・」
と準備を進めようとしたが、気配を感じ手を止める。
「・・・はぁ」
小さく溜め息をつくと、エルミーは立ち上がり人里から離れ、魔法の森へ向かう。
「はぁ、全く、レイも魔理沙も詰めが甘いんだから」
エルミーはそう言うと、後ろを振り返る。
「あんた達、生きてたんでしょ?」
そこにいたのは、あの時仕留めたはずの、赤と青の少女2人だった。
「・・・バレてたみたいね」
「当然よ」
「まあいいわ、1人のあなたに負ける要素なんて、1つも無いもの」
「愉しい事言ってくれるじゃないの!」
そう叫ぶとエルミーは短剣を引き抜き赤い少女に肉薄する。その間に青い少女が割り込み、自らの体を盾にエルミーの斬撃を受ける。
「え・・・?」
鮮血が迸り、エルミーの体を濡らす。同時に赤い少女もさらに紅くなる。
「フフフ・・・これであなたも仕留めたわ・・・」
青い少女は不気味に笑いながら言う。またレイの時と同じ様にする気だろう。だが、同じ手が二度通用するほどエルミーは馬鹿ではなかった。
「無駄ね」
昼間阿求から貰った水筒を真っ二つに切り裂き、溢れる水で地を洗い流した。
「無駄はこっちのセリフ。もうすでに服に染み付いてるわよ?」
赤い少女が言った通り、服は鮮血を浴びて真っ赤に染まっている。
「ふぅん。それで?」
エルミーは上着を切り捨てる。
「大丈夫。下にもう1枚着てるから。期待してた読者様はご愁傷様ね」
エルミーがそう言うと、青い服の少女が悔しそうな顔をする。
「畜生!」
「焦るな。もう茶番は終わり。後はこいつを殺すだけ」
赤い少女はそう言うと青い少女の体を砂鉄の槍で貫く。
「・・・っ!」
辺りに返り血が撒き散らされる。赤い少女はそれを自分から浴びる。
「何を、する気なの・・・?」
エルミーが呟く。すると、変化が起きた。
赤い少女が浴びた返り血。それが、赤い色を失い少しずつ金属のような鈍い光を放つ。徐々に形を形成していくそれは、まるで人の上半身の様な姿になり、赤い少女の背中からその月光を浴びて銀色に輝く体を伸ばしエルミーを睨む。
「・・・殺す」
目が合った。次の瞬間、エルミーの目の前で火花が散る。敵の攻撃をいなした後、エルミーは再び斬りかかる。しかし、敵は四刀流。しかも獲物は変幻自在の砂鉄だ。エルミーが真っ向から切り合って勝てる相手ではない。勿論、アレを除けば、だが。
敵はエルミーの攻撃を受け止め、背中の敵が両腕をクロスさせるように突きを放つ。エルミーはそれを垂直跳びで躱し、最上段から一気に切りかかる。
しかし、背中の敵は血液中の鉄分を固めて作った言わば鉄人形。その強靭な体には傷一つ付かない。
あまりの硬さに思わず手がしびれる。その隙を突いて、敵は一気に攻めてきた。
4本の腕を器用に使い、エルミーに次々と休む間も無く肉薄する。エルミーは、最初はなんとか受けきっていたが、耐えきれずに大きく後ろに飛び、そしてカードを宣言する。
「御雷『武三日月の巫女』!」
エルミーは雷を纏い短剣を構え突進する。少女は、咄嗟に両腕で自分の体を庇う。すると、背中の鉄人形が動く。
「任せろ!」
その声を聞いて、エルミーは困惑する。
「えっ!?」
と戸惑ったような声を上げつつも、体だけは勢いよく突っ込む。敵はそれをガードするが、受けきれずに吹っ飛ばされる。
「ま、まさか・・・」
エルミーが困惑した理由。それは、ひとりでに動いた鉄人形だった。
背中の人形はいま「任せろ」と言った。つまり、自我を持っているということだ。しかしそれは敵の能力に無い。だとすれば考えられるのは、さっき死んだ青い少女があの鉄人形なのだろうか。それが本当なら、こいつらはほぼ不死身である。死にそうになっても、鉄に乗り移ればまた無傷のまま復活できる。しかしそれ以前に、鉄の状態で殺すことが出来るのか?
なにか弱点があるのかもしれない。エルミーはそう考えひたすら斬る。
相手も先のダメージで動きが鈍っている。その状態で、四刀流の敵にダメージを与えるのは難しい事ではなかった。
「せやああっ!」
叫び声とともに背中に張り付いていた鉄人形が音を立てて切り離される。
「がああああっ!」
それは獣の様な声を上げ、地面に落ちる。しかしそれは、四つん這いのまま油断したエルミーに迫って来る。
「うわっ!」
エルミーは即座に襲いかかる鉄人形を八つ裂きにする。しかしそれは、バラバラになった状態から再び体を形成し直し、復活してくる。
「くそっ!これじゃキリがない!」
しかも後ろからはもう1人の敵がエルミーに斬りかかる。エルミーはそれをサイドステップを踏んで躱し敵に向き直り切り掛ろうとする。しかし、その先に先回りしていた敵に、エルミーは気付いていなかった。
敵は、右腕をドリルのように回転させてエルミーの背中を貫く。
「うぐぅあっ!?」
完全に不意を突かれた。槍はドリルのように回転し無数の小さな刃がエルミーの体を傷口を押し広げる様に斬り裂く。あまりの痛みに一瞬視界が霞み、意識が遠のきかける。
しかし、エルミーは焦る事なく刃を掴み回転を止める。だけでなく敵の腕を切断し引き抜いた刃を顔面に捩じ込む。更に横から斬りかかる敵の攻撃を躱すと同時に、首元に短剣を突き刺す。鉄人形は顔面を砕かれ激昂し再生するのも忘れて刃を振り回す。赤い少女は、急所を貫かれ呆気無く即死する・・・いや、肉体は死んだが能力は生きている。
しかし、エルミーもまた限界であった。
「ぐっ、ガフッ・・・」
胸元を貫かれかなり内蔵を痛めた様だ。傷は心臓まで達し、エルミーは口から多量の血を吐く。今回は分が悪い。そう判断したエルミーは背を向けて逃げ出した。
「うっ・・・くはぁ・・・」
上手く呼吸ができない。どうやら肺もやられたらしい。急いで治療しないとまずい。エルミーは未だ彼女を見失っている敵から逃げようと、遠のく意識を無理やり繋ぎ留め必死に体を動かした。
◆◇◆◇◆◇
「エルー!何処にいるのー!?」
人里では、阿求が突如姿を消したエルミーの行方を捜していた。
「全く、また1人でどこか行ってるのね・・・」
阿求は小さく溜め息を吐くと、ゆっくりと再び歩き出す。
正直、阿求はエルミーの事をよく知らない。
初めて会った時は普通の人間にしか見えなかった。ただの、活発で勉強の苦手な女の子。けれど、月日が流れていくに連れて、徐々に違和感を覚えるようになった。エルミーは、ほかの人とは違う何かを持っている。これは、エルミーとごく親しい関係にある阿求にしか分からない事だった。
異常なまでの運動神経、まるで相手の心を見透かしているような挙動・・・。エルミーを見ていると、気味の悪い何かがエルミーの裏に潜んでいる様な気がしてならない。
普段のエルミーが、本当の姿なのだろうか?何やら誰もいない所で怪しげな事をしているらしい。と噂で聞いたことがある。
ただ、エルミー自身は何か悪い事をしている訳ではなさそうだし、阿求はエルミーの事を信頼している。それだけは確かだった。
「また面倒事起こして無ければいいけど・・・」
阿求はエルミーを探し続けた。この時はまさか、エルミーが瀕死の重傷を負って戦っているとは思いもしなかった。
◆◇◆◇◆◇
エルミーは魔法の森を彷徨っていた。出血は時間が経つにつれて激しくなり、エルミーはもう立っているのも辛い程に消耗していた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
肺をやられ思い通りに酸素を取り込めず、自然と呼吸が荒くなる。その時だった。
心臓の辺りに突然激痛が走る。最初は傷の所為かと思ったが、どうやら違うようだ。また魂が暴れだす。いつもなら平気だが、今回はタイミングが悪すぎた。
「くっ・・・こんな時、に・・・ガハッ」
さらに吐血する。これは本格的にまずくなって来たと、エルミーは珍しく焦る。しかも、今回は生憎アリスの薬も切らしている。いや、たとえ持っていたとしても消化管出血を起こしている。まともに飲み込むこともままならないだろう。
足の力が抜けていく。バランスを保てず俯せに倒れ込む・・・もう終わりか、とエルミーはまるで他人事のように感じていた。
「エル!?」
頭上から声が聞こえた。阿求か、と安心する。
「大丈夫!?・・・大変、酷い怪我だわ」
待てよ、と途切れ途切れの意識の中で考える。敵はまだ生きている。ここに阿求がいたら危険だ。
「阿・・・求、逃げ・・・かはっ」
まともに声が出ない。もう呼吸はほぼしていない。畜生、自分の体が恨めしい。
「どうしたの?何か言いたい事があるの?」
阿求が訊く。くそ、どうやって伝えるか?地面に書くか?身振りで伝えるか?いや、もう体が動かない。無駄だ。
しかも。
「ココニ・・・イタノカ・・・!」
阿求は弾かれた様に声のする方を見る。そこには、見覚えのある上半身だけの鉄人形と、見覚えのないもう1つの人型の何かである。
異常に細い四肢。身長は、隣の木と同等かそれ以上。顔は・・・真っ赤に輝く無機質な目玉が1つ。その全身は、鈍い銀色に光り輝く。
「ハァァァァ・・・」
じろりと阿求を睨む。その目を見ただけで、阿求は体が竦み動けなくなる。
「殺ス・・・全員・・・ブッ殺ス・・・!」
するとその右腕は巨大な斧になる。それを軽々と持ち上げ、阿求に振り下ろす。
しかしそれは、阿求の体を切り裂く直前、粉々に砕け散る。阿求も敵も、ただ呆然とそれを見ることしかできない。すると、上半身だけの敵が叫ぶ。
「オイッ!黄色イノガイナイゾ!」
驚いて先程までエルミーが倒れていた場所を見る。しかし、そこにはエルミーの姿はなかった。
直後、上半身だけの敵が砕け散る。
そう思ったら、もう1人の上半身が宙を舞う。下半身はもう無い。
そいて最後、頭部が凄まじい音を立てて塵と化す。
呆気に取られてみていた阿求の耳に、声が聞こえる。
「阿求、早く逃げなさい!」
「エル!?」
阿求は最初はエルミーを放っておいて大丈夫なのか不安だった。だが、彼女が自分から逃げろと言った今、阿求はその言葉を信じるしか無かった。
なぜなら、目の前でバラバラに砕け散った鉄の破片が、1つになり始めていたから。
けれど、阿久は逃げられなかった。足元を見る。そこにいたのは・・・
「捕マエタ」
「きゃあああああっ!」
ニタリと笑う銀色の鉄人形が、阿求の足首をガッシリと掴んでいる。阿求は半ばパニック状態で必死に抵抗する。
「嫌っ、やめて!離して!」
「暴レルンジャネェッ!」
すると阿求の肩口に刃を捩じ込む。阿求は痛みの余りに悲鳴を上げる。
「オイ!ソッチハドウダ?」
「今黄色イノヲ捕マエタ」
見ると、巨人の左手にはボロ雑巾の様になったエルミーが握られている。
「エル!」
「あうぅ・・・」
返事は出来ず、ただ呻く様な声を上げただけだった。状況は絶体絶命、もうなす術はなかった。
「ヨシ、殺セ」
そう言うと阿求の足を掴んでいた敵が今度は阿求の顔面を鷲掴みにする。そうして阿求の体を持ち上げていき、空いている右腕を槍状に変形させ構える。阿久は恐怖のあまり抵抗する事も出来ずなすがままになっている。
巨大な敵はエルミーを頭上まで持ち上げ今にも地面へ叩きつけんとしている。
そして、2人が同時に動く。右腕を突き出し、あるいは左腕を勢いよく振り下ろす。その時だった。視界が閃光に包まれる刹那、敵の両腕が切断される。阿求とエルミーはそのまま地面に落下し、敵は突然の事態に一瞬思考が停止する。
「あららぁ、随分とハデにやられてるやんか。エルミーはん」
頭上から声が聞こえ思わず上を見る。しかし、今度はいきなり頭部を吹き飛ばされる。声も上げず地面に倒れ込む。その頭部は、まるで炎に焼かれたかの様にドロドロに溶けていた。
「誰ダ!」
もう1人が叫ぶ。すると、1人の少女がゆっくりと地上に降り立ち、スペルを宣言する。
「月線『フォルモーントシュトラール』」
彼女の右の掌に何か光るものが収束していく。それは徐々に蒼白い輝きを増していき、まるで月光の様に辺りを照らす。
「あんたに名前を言う必要なんてないで。もうウチの顔も見れんのやから」
勝負は一瞬だった。敵は跡形もなく消し飛び、もう再生する事も出来なかった。阿求には、どうやったのか分からなかった。彼女は、敵が消えたのを確認すると、エルミーのもとへ駆け寄り、阿求に告げる。
「はよ里に戻るで。エルミーはんが死んでまう」
阿求は声をかけられると、我に帰った様に彼女に言った。
「あなた、名前は?」
すると少女は驚いた様に阿求の顔を見る。そして穏やかに微笑むと言った。
「何だ、エルミーはんの知り合いっちゅうからウチの事知ってんと思っとったけどなぁ」
エルミーに薬を飲ませてから担ぎ上げ、阿求に背を向け歩き出す。少女は静かに言った。
「ウチは、逆八 大月・・・大月っちゅうても、男じゃあらへんからな。勘違いするんやないで?」
それだけ言って大月はまた歩き出す。
大月・・・エルミーに、こんな知り合いがいたなんて。私は、今夜の1件でエルミーの隠していた事を理解した。エルミーもまた、幻想郷の能力者達の1人。もう、人間の域を超えた存在だったのだ。けど、幻滅なんて絶対にしない。偏見だって持ったりしない。だってエルミーは、私の大切な親友だから。
そう心に決めた阿求は、未だ震える足で立ち上がり、大月の後を追った。今夜の月は、いつもより明るい気がした。