第五話 ~深まる1つの謎~
「ん・・・」
鳥の囀りを聞いて目が覚める。カーテンの空いた窓からは晩春のやや強い日差しが入り込んでいる。もう朝か、と思って起き上がろうとすると全身が痛む。傷を確認してみたがまだ動かない方がよさそうだ。
取り敢えず部屋を見渡してみると、隅で魔理沙が眠っている。あれから2日経ったらしい。よほど疲れていたのだろうか。どうやら眠りっ放しだった様だ。
特にする事もないのでまた横になる。目を閉じても眠れそうにないので、何となく近くの本棚から一冊の本を抜き取って開く。が、1ページ目から読む気が失せる様な細かい字でびっしりと書き込まれており、即座に本を元の場所に戻す。魔理沙は普段からあんな本を何冊も読んでいるのか。
それにしても暇だ。体を動かしていないとなんだか物足りない。どちらかというとエルミーは脳筋なので、余り勉強とかはしない。ただ、人の感情や心理に関しては造形が深かった。
それから何分か経った頃、玄関の方から声が聞こえてきた。
「魔理沙ー!起きてるー?」
アリスだ。朝といってもかなり早い時間帯ではあるが、一体何の用だろうか。魔理沙は爆睡しており、起きる気配が微塵もないので、エルミーが代わりに返事をしてやる。
「魔理沙なら部屋にいるわー!上がっていいわよー!」
言い終わった頃にはアリスは既に家に上がり込んでおり、魔理沙の部屋に入り込む。
「おはよう。エルミー」
「おはよ」
軽く挨拶を交わすと、アリスは隅で爆睡している魔理沙を容赦なく文字通り叩き起こす。
「ふぁっ!」
いきなり叩き起され魔理沙は驚いた様に飛び起きる。状況が掴めずに混乱している。アリスを見つけると魔理沙は言った。
「おま、その起こし方は無いだろ!?」
「耳元で爆音かます誰かさんよりはマシだと思うけど?」
半眼で指摘する魔理沙に対してアリスは反論する。そんな起こされ方されて耳は平気なのだろうかと気になったが、とりあえず黙っておく。
「ったく・・・で?何の用だ?」
「昨日の話よ」
「!」
昨日の話。それは、エルミーの中に2つの魂があるという話の事だろうか。エルミーの前で堂々と言うあたり、アリスはエルミーが聞いていた事に気付いていた様だ。
「バカッ、エルミーの前で言うなって!」
「エルミーはもう知ってるわよ」
「何!?」
魔理沙は驚いたようにエルミーを見る。エルミーは無言のまま頷いた。
「お前・・・」
「いいのよ、魔理沙。別に気にしてないから」
本当は気にしてない筈など無いのに、エルミーは涼しい顔でそんな事を言う。こいつは死を恐れていないのか?魔理沙は疑問に思う。
「そりゃあ、私だって死ぬのは怖いわよ。でも、死ぬ前からそんなのに怯えてたってどうしようもないじゃない」
とエルミーは言う。なんで私の考えている事が分かったんだ?と思っていると苦笑しながらアリスが言う。
「思いっきり顔に出てるわよ」
「え!?」
指摘され、思わず両手で顔を隠す。エルミーは可笑しそうに、アリスは呆れたように笑った。魔理沙も、自分が可笑しくて思わず笑った。
一頻り笑ったあと、
「それで、昨日の話がどうしたって?」
エルミーがアリスに水を向ける。アリスは思い出した様に言う。
「ああ、そうだったわ。これを渡そうと思って」
アリスが懐から取り出したのは、
「なんだそれ、精神安定剤か?」
魔理沙が拍子抜けしたように言う。アリスは首を振って続ける。
「いいえ。正確には魂を安定させる薬ね。これを使えば、2つの魂が滅ぼし合う事は殆ど無くなるわ」
「ふーん・・・便利な薬があるのね」
「魔女ですから」
「魔女だしな」
「魔女ってそういう者なのね・・・」
エルミーは神妙に頷くと、受け取ったそれをしばらく眺めてから、おもむろに飲み始めた。
「うっわ、なにこれ、超苦いんだけど!?」
「我慢しなさい。良薬は口に苦しって言うでしょ?」
「う、うん・・・うぐ、やっぱ苦い」
結構な量がある為一息では飲めない。エルミーは苦いのを我慢して飲み干した。
「あー、苦かった・・・あれ?」
突然エルミーが驚いた様な声を上げる。と同時に起き上り体のあちこちを触っている。
「傷が治ってる?」
それを聞いた魔理沙は驚いた様にエルミーを見、次いでアリスを見る。アリスは何やらニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「驚いた?実は、昨日永遠亭に貰いに行った薬を混ぜてみたの。さすが、効果覿面ね」
「永遠亭?あの時間から行ったのか?」
「友人の友人はまた友人ってね」
アリスは照れ隠しにそう言って外を見る。
「・・・ほら、もう蝉が」
釣られて外を見ると、1匹のセミが木の幹に掴まり、けたたましく鳴いていた。
「うげ、そう言えば今年は11年蝉の年だっけな。五月蝿くて嫌なんだよなぁ・・・」
魔理沙は何やら苦い顔をして言う。エルミーは起き上がり、包帯を解いて服を着る。いくら家の中でも全裸ではいたくない。
「じゃ、私は帰るわね」
「お?もう帰るのか?朝飯ぐらい出すから一緒に食ってけよ」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
そう言ってアリスと魔理沙は揃って部屋を出ていく。エルミーも少し遅れて出て行った。
◆◇◆◇◆◇
魔理沙が朝食の準備をしている間、エルミーがアリスに言った。
「ねえ、ちょっと勝負しない?」
「何?いきなり」
アリスは驚いた様に言う。
「いや、2日近く全く動いてないから、リハビリ代わりに。いいでしょ?」
「そういう事なら喜んで手合わせさせて貰うわ」
そして2人揃って玄関から外に出る。そして比較的広い場所を見つけ、勝負を始める。
「じゃあ、行くよ!」
エルミーの掛け声が開始の合図となった。
エルミーは一足飛びで距離を潰し、アリスは周囲に数体の人形を配置した。エルミーが突き出した短剣を、アリスは人形でガードする。
「せいっ!」
エルミーはその人形を一瞬で切り裂き、2撃目を繰り出す。しかし、アリスの配置した人形がそこら中から光弾をばら撒く。エルミーは雷を放ちそれを相殺する。そうして出来た隙を、今度はアリスが無駄にしない。
「上海!」
掛け声と共に、どこからともなく飛び出した上海人形が、エルミーを串刺しにせんと肉薄する。
「甘い!」
エルミーはそれらを全て躱し、糸を右手で掴み人形の自由を奪う。そうしてから、アリスに斬りかかる。
「くっ!」
アリスは後ろに飛びずさり、距離を取る。そして次は、数体の人形をエルミー目掛けて投げつける。
エルミーは上海に繋がれた糸を斬ってからそれらを全て紙一重で躱す。だが、地面に着弾したそれは、内部に仕込まれた火薬を爆発させる。
「うわっ!」
爆風にあてられ上着を舐め焦がされる。エルミーは急いで体勢を立て直し、再び接近を試みる。そこで、アリスがスペルカードを宣言する。
「人形『魂のないフォークダンス』」
アリスの周りを数体の人形が弾幕を放ちながら回転する。だけでなく、少しずつエルミーとの距離を詰めていった。
「ちっ!」
エルミーはそれらを躱しつつ、1対ずつ人形を破壊していく。
そして、全てを破壊し終わってから、アリスに接近する。
「喰らえ!」
エルミーは雷を短剣に纏わせ、アリスに斬りかかる。アリスがどんな攻撃をしてこようと対応できるように精神を集中させて。
だが、考えが甘かった。
「なっ!?」
いきなり後ろから四肢を掴まれる。そこを見やると、さっき糸を切断したはずの上海がいた。
「何で!?」
エルミーが叫ぶと、アリスが答える。
「さっきスペルを宣言した時、魔法で透明にした人形を何体か散りばめておいたわ。それを使って糸を修復したの」
アリスはそう言うと、透明な人形を操りエルミーの左腕を切り裂く。
「ああっ!」
利き腕を切り裂かれ剣を落とす。ついで右腕も斬られる。
「どう?もう終わりにしてもいいのよ?」
余裕の笑顔を浮かべアリスが皮肉げに訊いてくる。だが、それはかえってエルミーの負けん気を刺激する。
「まさか!」
エルミーはそう言ってカードを宣言する。
「靭符『サブライトスピード』!」
次の瞬間、エルミーの姿が消える。
「えっ!?」
アリスは、完全にエルミーを見失っていた。呆気無く自らの罠を抜けられてしまった。エルミーがどうやって姿を消したのか判らずに、思わず焦る。
その焦りが、アリスの敗北を決定させた。
アリスは大量の人形を配置し、エルミーの場所を探そうとした。しかし、エルミーにそんな小細工は効かなかった。
仕掛けた瞬間から、凄まじい勢いで1体、また1体と人形が破壊されていく。それは、少しずつアリスの方へと近づいていく。
「まずい!」
そう言って必死に弾幕を放つ。しかし、それがエルミーを捉える事はなかった。
そして、アリスの目の前の人形が破壊される。
「うわああああああ!!」
もはや、迫り来る威圧感とその恐怖に耐えられなかったアリスは、検討もつけずに何も無い空間を斬り続けた。
「まったく。そういうのはやめた方がいいわよ?」
「!」
いきなり後ろから声をかけられ、アリスは振り向く。その瞬間、彼女がどうやって姿を消しているのかを理解した。いや、本当は消えてはいなかったのだ。
彼女の姿が、亜光速とも言わんばかりの速度でアリスの前方に回り込む。そして次の瞬間。
「がっ!?」
腹部に強烈な衝撃が走り同時に吹っ飛ばされる。エルミーの掌底をまともに食らったのだ。
吹っ飛ばされる一瞬、エルミーと目が合う。
その目は、まるで人形のように、無機質で、冷静な《殺意》を感じた。戦いに関して余計な考えを持っていない。なぜ戦うとか、どうやって戦うとか、そんな感情は微塵も感じられない目だった。
ただ1つ。相手を始末すること。その1点を貫いていた。まるで機械のように。
勿論手加減はしただろう。だが、彼女はただただアリスに勝つ。場合によっては殺すことさえも覚悟している。これは確信に近かった。
直後、1本の木にぶつかり、後頭部を強打する。
「うっ!」
視界が揺れる。だんだんと意識が薄れていく中、1つ、思った事があった。
―――――――魂は2つ。じゃあ、霊力も2倍って事?―――――――
だとしたら恐ろしい。ただでさえエルミーは、霊夢はおろか紫にさえ匹敵し得ようかと言う程の霊力を持っている。それが、2倍だ。下手したら紫でも勝てないのかもしれない。いや、それどころか幻想郷を破壊するのも意のままだろう。
さらに、それから派生してもう1つ、疑問が浮かぶ。
―――――――それほどの魂を持つもの・・・まさか、今回の異変と関係が?―――――――
異変、とはアリスが独自に感じていた物だ。それに関係しているとすれば、裏には必ず紫が潜んでいるに違いない。
そこまで考えたところで、意識が途切れた。
◆◇◆◇◆◇
目が覚める。そこは、魔理沙の家のソファの上だった。エルミーと魔理沙は、まだ朝食の途中だった。
「お、目が覚めたか?」
魔理沙が声をかける。
「ええ・・・確か私は、エルミーに敗けて・・・」
「ははは。散々にやられてたぜ。びっくりしたよ。エルミーがお前を抱えて家に入ってきた時は」
「ごめんね?ちょっとやりすぎちゃった」
などと片目を閉じて謝ってみせる。
「もう大丈夫か?朝飯食えるか?」
「ええ。もう大丈夫」
アリスは、ソファから起き上がると、おもむろにテーブルの上の朝食を頬張り始めた。