第四話 ~分かれる生死~
「急げ、早くっ!」
魔理沙は全速力で魔法の森へ向かい、自分の家の前に降り立った。
大急ぎで家の中に運び、手当を始めた。
傷口を消毒し、薬を塗り、包帯を巻く。
魔理沙は、親友を救うのに必死だった。
「ふう、取り敢えずこんな感じでいいか・・・」
粗方手当が終わった頃、玄関の戸がノックされる。
「はーい、鍵は掛かってないぜー!」
そう叫ぶと、玄関の戸が開き、一人の少女が入ってくる。その周りには、数体の人形が浮いていた。
「よう、アリス。どうした?こんな時間に」
「今晩は、魔理沙。さっきからこっちの方で騒ぎがあったみたいだけど・・・」
「ああ、迷惑な妖怪退治だぜ。なぜだか異様に数が多くてなぁ・・・。今、怪我人の治療をしてたんだ」
「妖怪?・・・ってすごい怪我じゃない!?大丈夫なの?この子」
「あんま大丈夫じゃないな・・・」
全身を包帯で巻かれベッドに寝かされているエルミーの姿を見て、魔理沙が答える。
「早く医者に見せた方がいいんじゃない?」
「何、こんなんじゃコイツは死なないぜ。そういう能力なんだ」
「知り合いなの?」
「ああ、7年ぶりの再会だ」
7年?と疑問の表情を浮かべるアリスに、魔理沙はエルミーのことを説明してやる。
説明を聞きながら、エルミーを見るアリスの表情が少しずつ曇っていく。
「あれ?おかしいわね・・・」
「ん?どうした?」
「エルミーの魂に違和感があって・・・ちょっと見せて貰っていい?」
「ああいいぜ」
そう言ってアリスがエルミーに軽く触れる。それだけでアリスの表情が激変した。
「魔理沙、この子・・・!」
「おい、どうしたアリス?」
「大変だわ、この子下手したら死ぬわよ!」
「何だって!?どうして!?」
落ち着いて聞いて、とアリスは深呼吸してから魔理沙に話し始める。
「今、エルミーには2つの魂が宿っているわ」
「2つの魂?魂は1つじゃないのか?」
「だから、それが異常だって言ってるの。魂が2つある。つまり、エルミーには2人分の命が宿っているわ」
それからのアリスの話を聞いて、魔理沙は愕然とし、やり場のない怒りをおぼえた。
エルミーには、2人分の命が宿っている。逆に言えば、2つの命で1つの体を共有しているのだ。
そんな事をすれば、体力的な消耗はともかく、精神面、魂などの面でも消耗が激しくなる。
そうすれば、普通に生活するだけでも支障が出る。
そして、最も恐るべきことは、他にある。
物体に2つ以上の命が宿っている場合、お互いの足並みが完璧に揃っていればいい。だが、そうでない場合、ふとした弾みで、お互いを滅ぼし合うことになる。そんな事になれば、どんな生物であろうと生きていられる訳が無い。
解決策がない訳ではない。どちらか片方の魂を引き剥がせれば、肉体は安定し、1人の人間として生きていけるだろう。だが、今回は普通とは圧倒的に違う面がある。
2つの命が、お互いに相互し合って生きている。簡単に言えば、2人で1人なのだ。
どちらか片方が離れようとすると、もう片方もそれについていく。
無理やり引き剥がすと、もう1人に依存しすぎた命は自立できずに、死ぬ。
それを聞いた魔理沙は、ほぼ無意識のうちに叫んでいた。
「ふざけるな!!」
魔理沙は理不尽な現実に激怒していた。
「魔理沙、辛いのは分かるわ。でも、これが事実なの」
「事実とかそんな事は私はどうでもいいんだよ!けど、エルミーはどうなんだよ!そんな事言われて、はいそうですかなんて言えると思うか!?」
「・・・ごめんなさい」
アリスに謝られて、魔理沙は一瞬たじろぐ。そして冷静になる。
「っ・・・。・・・お前は悪くないんだ。どうしようもない。どうしようもないんだ。でも・・・!」
「もういいわ、魔理沙」
アリスが止める。だが魔理沙は止まらない。
「あいつは、私の事を親友だと言ってくれた!私もそう思ってた!なのに、なのにお前は私に綺麗さっぱり諦めろって言うのか!?忘れろって言うのかよ!?お前は、エルミーを知らないからそんなことが平気で言えるんだろ!」
「違う!そんなんじゃない!」
アリスの必死の否定も、魔理沙には届かない。
「それにエルミーだって、7年もかけてようやく帰ってきたんだぞ!?なのに帰ってくるなり妖怪の群れに襲われて大怪我して、そして目が覚めたらお前は死ぬだって!?こんな酷い話があるかよ!?―――――私は、あいつの事が可哀想なんだよ!」」
「魔理沙、もう――――――!」
「それに、それに!!」
「もうやめてっ!」
「!」
今までにない悲痛な叫び声。驚いてアリスの顔を見ると、その目には涙が溢れていた。
「もうやめて・・・私だって、こんな事認められないわよ・・・」
そう言ってアリスは泣きじゃくる。そう思ったら、魔理沙も泣いていた。
「・・・悪い」
「ううん、もういいのよ。魔理沙が辛いのは私にもわかる。だから・・・」
「んあ~、なんか騒がしいわねぇ。」
場違いな腑抜けた声。包帯だらけの物体がベッドからむくりと起き上がる。
「エルミー。目が覚めたのか?」
「ええ、おかげさまで・・・でそっちは?」
とアリスを見て言う。
「あ、うん。初めまして。アリス・マーガトロイドよ」
「そう、初めまして私はエルミー。ところであんたら、泣いてた?」
思わずギクッとする。一体何時から起きていたのだろうか。話を聞かれていないか不安になる。
「ええ。ちょっと下らない事で喧嘩をしてて。ね?魔理沙?」
「ん?あ、ああ。そうだぜ」
「そう?ならいいんだけど」
そう言って再び横になる。普段と変わらない様子に取り敢えず安堵していると、アリスが言った。
「じゃあ、そろそろ帰るわね」
「ああ、じゃあな」
「また、明日」
アリスを見送ってから、魔理沙は自分の部屋に戻り、エルミーでベッドが埋まっているので部屋の隅で横になった。
「お休み、エルミー」
そして魔理沙は深い眠りについた。
◆◇◆◇◆◇
「嫌・・・まだ死にたくないよ・・・」
真っ暗な部屋の中、エルミーの声がこだまする。