第九話 ~追跡~
阿求に過去を話した翌日の早朝。稗田亭では布団の上に座っている私のそばで、昨晩尋ねてきた大月が厳しい表情で立っていた。
「・・・あっきゅんが、消えた?」
その晩、私は、そう大月に聞かされた。阿求が、忽然と姿を消した。女中たちも全員で探したが、人里のどこにもいないらしい。ただ、阿求が一人で人里の外に出るなんてまず有り得ないし、出ようとしても誰かが気づいて止めたはずだ。自分の意志で人里を出たと考えるのは難しいだろう。
しかしそれ以前に、出て行ったとして何処に向かったのか、それが分からなければ追跡など出来た物ではない。当ても無く探し回っても、まぐれ当り位しか期待できるものは無い。
どう探したものかと、焦り悩むエルミーの前で、大月が口を開いた。
「実は・・・な、1つだけ目撃情報があったんや。皐月屋のところでな」
「目撃情報って、どんな?」
「その人の話によると、見知らぬ女と一緒に歩いとったらしい。特に会話もなく、友人とか知り合いのようには見えんかったそうや」
「女・・・そいつが怪しいわね」
「せやな。で、女の外見は、阿求より少し高めといった程度の低身長で、髪の色は赤で長髪。ちょっと情報が少ないけど、それくらいしか覚えとらんかったそうや」
「ふぅん・・・で、大月も調べるのは手伝ってくれるの?」
「ああ。もちろんや。傷も治ってきた頃やろ?」
「ええ。もう動ける」
「分かった。それじゃ、早速行くで」
「はいはい」
ポケットからいつもの薬を取り出し一息で飲み干すと、エルミーは立ち上がりいつもの服に着替える。それを見ていた大月が思い出したように言う。
「あ、そういえば、エルミーはん」
「何?」
「なんか、レイはんの事が気になってるみたいやけど、どうなん?」
微妙に曖昧なところに含みを感じるが、エルミーは気にせずに、あくまで自然体で答えた。
「どうって・・・まあ気になってはいるけど、所詮それだけよ。ああいう男に会うのも久しぶりだし、私だって興味くらいは持つわ」
正直、今自分が感じている違和感までは話す気になれなかった。確かに、レイの事は気にかけている。他の人物とはまた違う印象も持っている。ただ、エルミーは、レイの事を余り好きではなかった。
「そうかい。まあ、確かに幻想郷で男が能力を持つこと自体、珍しいもんな。そう考えると不思議やなぁ、幻想郷の能力者は女ばかりや。ていうかそもそも能力っちゅうのが・・・ちょ、エルミー待って!」
放っておけば延々と続くであろう大月の雑談を無視して、エルミーはさっさと荷物(と言っても薬と短剣だけだが)をまとめて歩き出した。
◆◇◆◇◆◇
人里で一悶着あった後、たどり着いた場所は妖怪の山。射命丸なら何か情報を持っているに違いないとエルミーは考えていた。
いつもなら麓近くまで来ると河童達が山に近づくなと忠告しに来るのだが、今日は静かだ。それに加えて、何やら不穏な空気が辺りに漂っている。大月も敏感にそれを感じ取っているようで、しきりに辺りを警戒しており、エルミーも外見は落ち着いた素振りを見せながらも、内心は油断無く周囲を見渡していた。先程から、草の陰や藪の中で動くものがある。木々がうっそうと生い茂っているにも関わらず動きは素早いが、反面気配は殆ど消せておらずエルミー達にはバレバレであった。
ここ最近、先ほど人里で見たような妖怪たちをよく見かける。だけでなく何やら数も増えているようで、人里では不安がる人も多くいた。先程も群れをいくつか見かけただけでなく、こちらを襲ってくる事もあった。
ただ・・・少しだけ不自然と言うか、ほかの妖怪たちとは違うところをエルミーは見つけていた。普通、理性を持たない類の妖怪は群れを作って行動するものが多い。しかし、それはあくまで同種族の者のみで構成されるのが殆どだ。それに比べて、最近見かける妖怪たちは、狼の姿をした者から、熊、狐、変わったところでは植物まで様々な種族の妖怪たちが一つの群れを成している。さらに言えば、それを治めるリーダー格の固体が存在せず、それでいて各々の固体が共通の意思を持っている。エルミーや大月は妖怪の生態には詳しくないが、その位は異常であると判断できた。
一人だけ・・・妖怪等の生態に詳しい人物に心当たりがあるが、おそらくそちらは仲のいい満月が向かっていることだろう。だから、エルミーはあの二人が行かないような場所を探すことにしたのだ。この様子を見ると、どうやら当たりを引いたはこちらのようだったが。
「おや?貴女は・・・」
頭上から声が聞こえた。見上げた先にいたのは、山の哨戒役である白狼天狗の犬走椛がいた。
「やっぱり、エルミーさんでしたか」
「やっほ、久しぶり」
「文さんから聞きましたよ。帰ってきたんですってね」
「ええ、そうよ・・・って言うか文のやつ、あれだけ言っておいたのに結局ばらしちゃったのね」
「それより、せっかく来たのですし一度上の方にも顔を出してきてはどうですか?天魔様も喜ばれると思いますし・・・」
「うーん、今は天魔よりも文に会いたいかな」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「実はね・・・」
軽く大月の方を見やり確認を取ると、エルミーは阿求のこと、そして今起きている妖怪の大量発生について調査していることを椛に話した。
「妖怪が大量発生・・・ですか」
「そうなのよ。最近は頻繁に人里にも来るようになって困ってるの。椛は何か知らない?」
「うーん・・・私は知りませんが、文さんなら・・・って、だから文さんを探していたのですね」
「そうゆうことだね。何処にいるか知らない?」
「それが、今日一日取材で山を空けると言って、今朝から出かけていってしまいましたね・・・」
「そっか・・・」
「あ、でも錬さんなら何か知っているかもしれませんよ?」
錬、というのは文の父のことで、天狗の里でも一、二を争う古株で、幻想郷の創設以前から生きている。また妖怪の山で最初の鍛冶職人としても有名で、天狗のみならず多くの妖怪たちが彼に弟子入りしようと山を訪れるほどの腕前である。エルミーの短剣も彼に鍛えてもらったものであり、そもそもこの短剣を通じて二人は知り合い、この短剣がエルミーの運命を狂わせた直接の原因だった。
そういうこともあって、エルミーは彼に会うのが苦手である。人としては寧ろ好きなのだが、過去の出来事が自然とエルミーを緊張させてしまうのだ。
懐かしい名前を聞き、危うく物思いに耽りそうになる自分を、大月の声が現実へと引き戻した。
「錬っちゅうと、あの文の親父さん?」
「はい。あの人はよく文さんから話を聞いていますし、天狗の里では情報通と有名でして」
「そう。分かったわ。じゃあ早速いきましょうか」
「またな、犬走さん。今度はしっかり客として顔出しに来るさかい。楽しみに待っとれや」
「それは、楽しみですね。皆には私から言っておきますので」
「ありがと。じゃあね」
そう言って、7年ぶりの別れを多少惜しく思いながらも異変解決のためにエルミーは天狗の里を目指すのだった。
天狗の里でエルミーを待っていたのは、自身の呪われた運命の元凶、錬。
普通なら喜ばしいものであろう7年ぶりの再会。しかし、錬の様子がいつもと違うことに気付く。
次回、東方剣雷録第十話「錬という名の運命」
乞うご期待!




