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小説祭り短編

僕のお気に入り

作者: 靉靆

第三回小説祭り参加作品

テーマ:剣

※参加作品一覧は後書きにあります

 どこからか鳥の囀りが聞こえてきて僕は目を覚ました。

 カーテン越しに窓から差し込む日差しを感じる限り朝になったようだ。

 そんな事を考え、ベッドの上で起き上がろうとした所でドアをノックする音が聞こえた。


「失礼しまーす」


 直後に女性の明るい声が耳元に届いた。


「あら、孝也くん。起きてたの? おはよう」

「おはようございまふ。ひゃんとおきてました」


 女性が来る前に起きていたのは事実なのでそう告げたが、寝起きなせいか欠伸が出たり発音がやや怪しくなってしまった。

 そんな僕の言葉を聞いた女性は、カーテンを開けながら苦笑を浮かべた。


「あー……えっと、もしかして起こしちゃったかな?」


 どうやら女性がここへきた事で僕を起こしてしまったと思ったのかもしれない。

 とりあえず僕は顔を軽く叩いて眠気を追い出す。


「寝起きですがちゃんと起きてましたよ」


 そう言うと女性はにこやかに笑って納得してくれた。


「そう。それならよかったわ。それにしても孝也くんは相変わらずね。まだ小学生なんだからもっと素直になって良いと思うわよ?」

「僕はこれでも素直なつもりだったんだけど……」

「そう? 何かあったら遠慮しないで言うのよ?」

「わかってますよ。じゃないと浅見さんは僕を心配しちゃうんでしょ?」


 僕は浅見さんに向かってそう告げた。


「あら、わかってんじゃない」

「いてっ」


 浅見さんを少しからかった事がバレたのだろうか。僕はデコピンをされてしまった。


「それじゃ、後で朝ご飯持ってくるけど調子悪い所はない?」

「大丈夫です」

「そう。じゃあまた後でね。もしも調子悪くなったらすぐにナースコールのボタンを押すのよ?」


 そう言って浅見さんは僕の部屋から出て行った。

 僕は朝食の時間までやることが何もなくなったので、お気に入りの本を床頭台の引出しから取り出した。


「素直って何だろう……」


 僕は元々体が丈夫ではなかったせいか、ある日を境に基本的に病院での生活が中心になった。もちろんお父さんやお母さんに迷惑をかけていることはわかっているので我儘は言わないようにしている。

 子供らしくないとか大人びていると言われる事もあるけど、自分の考えた事を言っていることには違いない。


「自分の考えていることを言っているのは素直とは違うのかな」


 僕は言葉を声に漏らしていたらしい。


「自分の中の考えでも素直な物と素直とは違う物があるのよ」

「えっ?」


 僕の独り言に何故か言葉が返ってきた。

 反射的にその言葉が聞こえた方を向くと一人の女性が僕の部屋に備え付けの椅子に腰かけていた。

 女性の服装から考えると、僕と同じでこの病院の患者だと思う。僕よりは年上なのはわかるけどお母さんや浅見さん達と比べると、とても若く……を通り越して幼く見えてしまう。中学生か高校生なのかもしれない。


「あの……」

「大丈夫よ。きっとすぐにあなたもわかるから」

「はぁ……」


 僕は女性がどこの誰でどうしてここにいるのかを聞こうとしたのに、聞きたいこととは違う事を返されて気の抜けた返事を口から洩らしてしまった。


「あれ、もしかして違う事聞こうとしてた?」


 女性はやや気まずそうな笑顔を浮かべていた。


「えっと、まずお姉さんが誰でどうしてここにいるのかが気になりました」

「あー、そりゃそうだよね」


 女性の話し方がそれまでの落ち着いた大人の話し方から、やや崩れた話し方へと変わった為か、僕は少しだけ親近感を得る事ができた気がした。


「私の名前は蔵本千夏よ。君は……古野孝也くんだよね、孝也くんでいいかな?」


 千夏と名乗った女性は僕のベットの頭の方にあるネームプレートを見てからそう尋ねて来た。


「いいですよ。僕もお姉さんじゃ少しわかりにくいから千夏さんでいいですか?」

「ふふっ、少し他人行儀に感じるけど孝也くんの呼びたいように呼んでよ」


 千夏さんはそんな風に言って僕の頭を撫でてきた。少し恥ずかしかったが、千夏さんの手はなんだか気持が良かった。


「孝也くんはその本が好きなの?」


 不意に千夏さんが僕の膝の上にある本を指差して聞いてきた。


「そうですね。この本は僕のお気に入りです」


 僕がそう言うと千夏さんは何かに納得したように立ち上がった。


「そろそろ朝ご飯の時間だから私も行かないと。また来るからね」

「ご自由にどうぞ」


 これから朝ご飯と言う事はやっぱり千夏さんもここの病院の患者さんらしい。

 自分でもよくわからないが、少しぶっきらぼうになってしまった僕の言葉に千夏さんは苦笑をしつつも去っていった。

 もしかしたら、また子供っぽくないと思われてしまったかもしれない。

 一人になった僕は、膝の上に置かれたままだったお気に入りの本を開いた。

 一見すると極普通の挿絵も何もない小説。ほんの少し違うのは英語で書かれている事くらいだろうか。

 そんな本をお気に入りと言っている事も大人びていると思われる原因かもしれない。


「それでも僕にはこの本がお気に入りなんだよね……」


 この小説に描かれているのはとても弱い騎士の物語だ。

 力が弱く、いつも仲間にバカにされる。それでも一生懸命に自分を鍛え続ける騎士。最後には死んでしまうけど、どんな困難も諦めずに剣を振り続けた騎士。


「僕には無理だけど……」


 僕の体が悪いのは自分自身でもよくわかっている。

 きっと治るとお父さんやお母さんは言ってくれるけど、僕は何年もこうしている。さすがに治ることはないだろうと自覚する。


「あら、孝也くん。何が無理なのかしら?」


 僕は無意識の内に声に出していたらしい。

 朝ご飯を運んできてくれた浅見さんがお茶の準備をしながらそう訊ねてきた。


「いえ、何でもないです。それとありがとうございます」

「どういたしまして。いつも通り後で下げに来るからちゃんと残さず食べるのよ?」

「はい。いただきます」

「どうぞ」


 浅見さんは僕が朝ご飯を食べ始めたのを確認すると、部屋から出て行った。

 僕が食べ終えた朝ご飯の食器を浅見さんが下げてくれてからしばらくすると、千夏さんが再びやってきた。


「ねえねえ、孝也くんはこの本知ってる?」


 千夏さんは一冊の本を持っていた。

 千夏さんの持っている本も英語で書かれているらしい。少なくとも僕は見た事がない本だった。


「いえ、ないですね」


 僕の答えに満足したような笑みを浮かべた千夏さんは、本のことを聞かせてくれた。


「へぇ、面白そうですね」

「えへへー。孝也くんならきっとそう言うだろうと思ってたよ」


 どうやら予想通りの反応をしてしまったらしい。

 清々しい程にすっきりした千夏さんの顔を見ていると、僕はちょっぴり悔しくなった。


「ご期待に応えられたようで何よりです」


 これは少し態度が悪すぎたかもしれない。もしかしたら千夏さんを怒らせてしまったかも……。


「あはは、ごめんね。気を悪くさせちゃったかもしれないけど、孝也くんがこの本に興味を持ってくれて嬉しかったんだよ。よかったら貸してあげるから自分で読んでみない?」


 千夏さんは、悪くないのに僕に謝った。それだけではなく、僕に本を貸してくれた。

 あんな態度をとった自分が本当に情けないと思う。


「あ、もしよかったら孝也くんのその本も私に貸してくれないかな?」


 少し落ち込んでいたのが顔に出ていたのだろうか。千夏さんは何かを誤魔化すようにそう言った。

 苦笑いとも取れる表情をしているからきっと間違いないと思う。


「良いですよ。しばらくは交換ですね」


 千夏さんの気遣いも含まれていたその言葉を否定するのも良くないと思ったので、僕は千夏さんと本を交換した。


「ありがとう。それじゃあ早速読ませてもらおうかな」


 千夏さんはそう言って僕の病室で本を読み始めた。

 僕も千夏さんの本が気になっていたので、本をゆっくりと開いた。



================



 千夏さんと出会って、千夏さんの本を貸してもらったあの日。あの日から僕は少しだけ……いや、とても変わったかもしれない。

 僕は今、一人で少し離れた山まで絵を描きに行こうとしている。昔の僕からは考えられない事だ。

 僕は絵を描きに行くときには必ず千夏さんを思い出す。僕を大きく変えてくれた人だから。


「今思い出しても不思議な人だったなぁ……」


 千夏さんの本と僕の持っていた本は対になる本だった。

 千夏さんは対になる本の存在は知っていたが、実際に手を取った事はなかったらしい。

 僕と初めて会ったあの日、僕が持っていた本が自分の持つ本と対になる物だとすぐわかったらしい。

 千夏さんは自分の本を気に入っていたから、対になる本も気になっていたと話してくれた。

 あの日、僕があの本を気に入っていた事がわかったから話しかけてきてくれたのだとも聞いた。


「自分と人は同じ感覚で世界を見ている訳ではない……か」


 千夏さんの持っていた本と僕の持っていた本は二冊とも『弱い騎士』の物語だった。

 僕の持っていた本は周囲の人々から見た騎士の物語。

 千夏さんが持っていた本は騎士から見た世界の物語。

 同じ世界でも違う世界。

 違う世界なのに同じ世界。

 同じ騎士なのに違う騎士。

 昔の僕は最初から何もかもを投げ出して嘆いているだけだったけど、この物語を通して騎士と同じ事ができることを知った。


「自分の中で見えている物も、見えている物と見えていない物があるのよ」


 ふと僕に話しかける女性の声が聞こえた。

 なんだか聞き覚えのあるような問いかけだ。

 ゆっくり振り向いて僕は聞く。


「……僕は今、どんな風に見えていますか?」

第三回小説祭り参加作品一覧(敬称略)

作者:靉靆

作品:僕のお気に入り(http://ncode.syosetu.com/n6217bt/)


作者:月華 翆月

作品:ある鍛冶師と少女の約束(http://ncode.syosetu.com/n5987br/)


作者:栢野すばる

作品:喉元に剣(http://ncode.syosetu.com/n6024bt/)


作者:はのれ

作品:現代勇者の決別と旅立ち(http://ncode.syosetu.com/n6098bt/)


作者:唄種詩人(立花詩歌)

作品:姫の王剣と氷眼の魔女(http://ncode.syosetu.com/n6240br/)


作者:一葉楓

作品:自己犠牲ナイフ(http://ncode.syosetu.com/n1173bt/)


作者:朝霧 影乃

作品:封印の剣と異界の勇者(http://ncode.syosetu.com/n8726br/)


作者:てとてと

作品:ナインナイツナイト(http://ncode.syosetu.com/n3488bt/)


作者:葉二

作品:凶刃にかかる(http://ncode.syosetu.com/n5693bt/)


作者:辺 鋭一

作品:歌姫の守り手 ~剣と魔法の物語~(http://ncode.syosetu.com/n5392bt/)


作者:ダオ

作品:ガリ勉君が聖剣を抜いちゃってどうしよう!(http://ncode.syosetu.com/n5390bt/)


作者:電式

作品:傀儡鬼傀儡(http://ncode.syosetu.com/n5602bt/)


作者:舂无 舂春

作品:ライマレードの狂器(http://ncode.syosetu.com/n5743bt/)


作者:小衣稀シイタ

作品:剣と争いと弾幕とそれから(http://ncode.syosetu.com/n5813bt/)


作者:ルパソ酸性

作品:我が心は護りの剣〜怨嗟の少女は幸福を知る〜(http://ncode.syosetu.com/n6048bt/)


作者:三河 悟

作品:復讐スルハ誰ニアリ(http://ncode.syosetu.com/n6105bt/)

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― 新着の感想 ―
[一言] 視点を広げることで世界が広がるということは、私自身も体験してきたことなので、この物語には共感出来ました。 孝也君が自分の視点を受け入れることができたのは、新しい視点を素直に受け入れることがで…
[一言] テーマの剣とは「弱い騎士」の心を指しているのでしょうか。 孝也くんは入院を続けていて、千夏さんは退院したみたいですね。 秋のような雰囲気の話だなと思いました。
[一言]  人は他人がいてこそ自身を認識デキ、その他者もまた誰かがいるからこそ人として存在しウル。  彼もマタ、それを知ることができたのでしょウネ。
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