第7話
「奈音!」
ママが僕を呼ぶ声がした。
「ママ、今日さ、望くんが泊まりに来てもいい?」
「うちは大丈夫よ。あとは望くんのママがいいって言えばね。」
すると望くんのママが来た。
「こんにちは。今日望が奈音くんの家に泊まりに行きたいって言ってるのですが…」
「うちは全然問題ないですよ。」
「そしたらお言葉に甘えて…」
「たいしたことは出来ませんが…」
「わーい!」
「わーい!」
僕と望くんは喜んだ。この日は天気が良かったので、きっと三日月に会えると思っていた。それから僕とママと望くんが家へ着いた。
「いらっしゃい、望くん。」
「おじゃまします。」
「ただいま。」
「まずふたりとも手を洗ってうがいをしなさいね。」
「はーい。」
ふたりは同時に返事をした。
「望くん、今夜はグラタンだけどいいかしら?」
「うん。僕、グラタン大好きだよ。」
「それなら良かったわ。」
そう言うと手を洗いうがいをして、僕と望くんは僕の部屋へ行った。
「この絵本だよ。」
そう言って僕は望くんに絵本を渡した。ふたりは寝転びながら一緒に絵本を読んだ。
「絵本の中のあの子に…」
僕は声に出して読んだ。そして次へ次へとページをめくっていった。
それから絵本を読み終えた頃、ママの呼ぶ声が聞こえた。
「ふたりともごはんよ!」
「はーい。」
そう言うと僕と望くんは一回へ降りていった。
「いただきます。」
「いただきます。」
「どう?美味しいかしら?」
「うん。すごく美味しい。」
望くんはそう言った。
「おかわりもあるからいっぱい食べてね。」
「はい。」
そうしているうちにごはんを食べ終えた。そして僕と望くんはお風呂に入り、歯を磨き、僕の部屋で夜が更けるのを待っていた。
少しベランダから外を覗くと、また少しふっくらとした三日月が見えた。そして夜が更けた頃、僕はパパの部屋からそっと気付かれないようにギターを持ち出してきた。それから時計の電池を外した。
「これで準備が出来たよ。」
僕はこう言った。
「これで本当に会えるの?」
「うん。ベランダへ行こう…」
この日は晴れていたせいもあり、少しふっくらとした三日月がしっかりと見えた。しかし、星はひとつも見えなかった。それから僕と望くんが空へ行くのを待っていた。しかし、この日、空へ行くことは出来なかった。そして部屋へ戻った。
「ねぇ、奈音くん。」
「ごめん…」
「どうして行けなかったの?」
「僕にもわからないよ。」
「嘘をついてたの?」
「嘘じゃないよ。」
「でも行けなかったじゃん。」
「うん…ごめん。」
「僕がいたからかなぁ…」
「そんなことないと思う。」
「じゃあ、どうして?」
「…」
僕はこれ以上何も言い返せなかった。三日月が信じている人しか来れないと言っていたことをしっかりと覚えていた。望くんはやっぱり少しは疑っていたのだなと思った。そしてふたりは諦めて眠りについた。
翌朝、ママは僕と望くんのお弁当を用意してくれていた。そしてパパは会社へ、お姉ちゃんは学校へ、僕と望くんとママは幼稚園へ行った。
「おはようございます、先生。」
「今日は望くんも一緒なんですね。」
「はい、昨日泊まりに来ていましたから…」
「それではふたりをお預かりしますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言うとママは帰っていった。
「奈音くん。ブランコで遊ぼう。」
「うん。いいよ。」
そう言うと僕と望くんはブランコで遊ぶことにした。
「どうして昨日はお月様に会えなかったの?」
「僕にもわからないよ。」
「楽しみにしてたのに…」
「ごめんね。」
「まぁ、仕方ないけどさ…」
望くんはまた半信半疑な様子だった。だから昨日は三日月に会えなかったのだろう。そう思ったが、決して言葉にはしなかった。
「本当にごめんね。」
「もういいよ。」
「でも嘘じゃないよ。」
「嘘だなんて思ってないよ。」
「…」
「ただがっかりした。」
「…」
僕は何も言えなかった。それから僕と望くんは黙ったままブランコで遊んでいた。
そして夕方になりママが迎えに来た。
「奈音、お待たせ。」
「うん。」
「じゃあ、先生、失礼します。」
「はい。お気を付けて。」
そして僕はママと帰っていった。その途中でこんな会話をした。
「昨日ね、実は…」
「望くんと一緒に月と会おうとしていたのね?」
ママにはバレていた。
「うん…」
「それで会えたの?」
「ううん。昨日はだめだった。」
「そう…」
そんな会話をしているうちに家へ着いた。
家へ着くと僕は手を洗いうがいをした。そして部屋へ戻り「月夜に恋ひとつ」を読み始めた。
「絵本の中のあの子に…」
僕はこうしていつも声に出して読んでいた。そして今日こそは三日月に会えると思っていた。それから夕飯を食べ、部屋で夜が更けるのを待っていた。
夜も更けてきて、僕の家の部屋の灯りは僕の部屋以外は消えていた。そしてまたそっとパパの部屋からギターを持ち出してきた。それから時計の電池を外してベランダへ出た。するとその日はまた不思議なことに僕を呼ぶ声が聞こえたのだった。
「奈音くん。」
気付くと僕は空の上にいた。また少しふっくらとした三日月の隣にいたのだ。
「こんばんは。」
三日月は僕に話しかけてきた。
「こんばんは。」
僕も同じ台詞を返した。
「昨日はごめんなさい…」
「望くんがいたから?」
「うん、そうなの…」
「どうしてだめなの?」
「ふたりだけの秘密が欲しいの。」
「僕とお月様の?」
「そう…」
「そっか。」
僕は嬉しさ半分、寂しさ半分だった。なぜなら嘘つき扱いされそうで怖かったのだ。
「そうだ、奈音くん。」
「なぁに?」
「ギター聴かせて。」
「うん。少しは弾けるようになったよ。」
ジョロリーン。僕はEのコードを弾いて聴かせた。
「本当だ!少し弾けるようになったのね。」
「うん。パパに教わったから。」
「他には?」
ジョロリーン。今度はAのコードを弾いて聴かせた。
「上手になったね。」
三日月はこう言ってくれた。
「でもまだまだだよ。」
「どうして?」
「パパはいっぱい練習したんだって。」
「大変そう…」
僕はギターを肩にかけて、左手を三日月に差し出した。すると三日月は右手を差し出し、僕と手を繋いでくれた。不思議な温もりは確かにそこにあった。温かい訳でもなく、冷たい訳でもない、とても不思議な温もりだった。