第5話
僕は昨日と同じように気付かれないようにそっとギターを持ち出した。そして自分の部屋へ戻った。
「お姉ちゃん!」
「ん?」
「ギター持ってきたよ。」
「じゃあ、次は何だっけ?」
「カーテンを開けるんだよ。」
そう言うと僕はカーテンを開けた。そして僕とお姉ちゃんはベランダへ出た。
「それで?どうすれば空へ行けるの?」
「ここで待ってれば…」
「…」
「…」
「…」
「おかしいな…」
僕とお姉ちゃんの間に沈黙が続いた。そして暫く待っていたものの、空へは行けなかった。当然、三日月と話すことも出来なかった。するとお姉ちゃんがこう言った。
「あんなに綺麗に三日月が出てるのに、どうして行けないの?」
「僕にもわからないよ。」
「やっぱり夢でも見てたんじゃないの?」
「違うもん!」
その日、なぜ空へ行けなかったのか、三日月と話すことが出来なかったのかは僕にもわからなかった。
「私、もう部屋に戻って寝るね。」
そう言うとお姉ちゃんは部屋へ戻った。僕も渋々と部屋へ戻りカーテンを閉めて、そっとパパのギターを戻して寝ることにした。
翌朝、いつもと同じように僕は起きた。今日は幼稚園が休みだったけれど、いつもと同じ時間に目が覚めた。そして朝ごはんを食べに一階へ降りていった。
「おはよう。」
「おはよう、奈音。」
パパとママはすでに起きていた。
「奈音、この間の絵本を読ませてよ。」
パパはそう言った。
「うん、今持ってくるね。」
そう言うと僕は絵本を取りに部屋へ戻った。すると開けていなかったはずのカーテンが開いていた。きっとママが知らずのうちに開けたのだろうと思った。そして絵本を持って一階へ降りていった。パパも気に入ってくれるといいなという思いと、僕の話を信じて欲しい気持ちが入り混じっていた。
「パパ!この絵本だよ。」
「どれどれ…」
そう言うとパパは絵本を読み始めた。
「「月夜に恋ひとつ」かぁ…良いタイトルだね。」
「うん。僕が今まで見た絵本の中で一番好きなんだ。」
「そうか。」
「うん!」
そしてパパは絵本を読み終えると、僕にこう言った。
「奈音、きっとこの前は夢を見てたんだよ。」
「…」
「だって絵本を読みながら寝たんだろ?」
「うん。でも夢じゃないよ。」
「そうか。でも夜更かしはだめだぞ。」
「わかってるってば。」
僕は嘘つき扱いされたようで気分が悪かった。パパもお姉ちゃんも、きっとママも僕が嘘をついていると思ったからだ。
「じゃあ、僕は部屋に戻るよ。」
「また絵本を読むのか?」
「うん。だってこの絵本が大好きなんだもん。」
飽きるほど読んだのに、僕はこの絵本だけは特別な気がした。だから飽きることなく何度も何度も読んでいたのだ。そして僕は部屋に戻った。
「絵本の中のあの子に…」
僕は声を出しながら読んでいた。
「あ!」
僕は時計を止めることを忘れていたことに気付いた。あわてた僕はお姉ちゃんの部屋へ行き、そのことを話した。
「お姉ちゃん!入るよ!」
「うん。」
そう言うと僕はお姉ちゃんの部屋へ入った。
「昨日、空へ行けなかったのは、時計を止めてなかったからだよ。」
「本当に?」
「うん。」
「時計を止めたら行けるのね?」
「うん!」
「ふーん。」
お姉ちゃんは信じていなかった。
「今日こそきっと行けるから、お姉ちゃんも行かない?」
「私はもういいよ。」
「一緒に行こうよ。」
「ひとりで行きなよ。」
「わかった…」
決して夢ではないと思った僕は悔しかった。お姉ちゃんにも空からの景色を見せてあげたかったのだ。
そして夜も更けてきた頃、僕はまたパパが寝たか確認をしに行った。パパの部屋は電気が消えていて、どうやら眠っていたようだった。僕はまたパパに気付かれないようにギターをそっと持ち出し部屋へ戻った。そして忘れないうちに時計の電池を外した。それからギターを持ってベランダへ出た。
すると心地良い風が吹き始めた。少し肌寒いぐらいの風だったが、それよりも三日月に会えることが嬉しくてたまらなかった。そして気付くと三日月は青色になっていた。いや、僕が気付かなかっただけかもしれない。
「奈音くん…」
僕を呼ぶ声が聞こえた。
「お月様?」
その日の三日月はこの前より少しふっくらとしていた。満月に近付いているのだなと僕は思った。
「こっちへおいで…」
「うん!」
そう言うと不思議なことにまた僕は空の上にいた。やっぱり時計を止めていなかったのが原因だったのだと思った。
「ねぇ、お月様。」
「どうしたの?」
「僕がお月様のことを話すと、みんな嘘だって言うんだ。」
「そうね…」
「どうして?」
「私にもわからないわ。ふふふ。」
「そっか。僕は特別なの?」
「それもわからないわ。」
「他にここに来た人はいるの?」
「奈音くんだけよ。」
「やっぱり特別なんだね!」
「ただね…」
「なぁに?」
「信じない人はここへは来れないのよ。」
「そうなんだ。」
「そう…」
僕は特別な存在であることが嬉しかった。その反面、他の人を連れて来れないということが少しばかり寂しかった。
「僕、ギター弾くね。」
「練習したの?」
「ううん。」
「そう。」
「これね、パパのギターなんだ。」
「素敵なギターね。」
「パパはすごく上手なんだけどね。」
僕はパパの見よう見真似で弾いたが、やっぱり上手く弾くことが出来なかった。それでも少しふっくらした三日月は楽しそうだった。僕はいつかパパにギターを教わろうと思った。
「奈音くん、一生懸命だね。」
「うん。いつかさ、上手くなって聴かせてあげるからね。」
「ありがとう。楽しみにしてる。」
そして僕はギターを弾くのをやめると、左手を三日月に差し出した。すると三日月は僕の左手を握った。
「また手を繋いでくれるんだね。」
「うん。」
「ねぇ、僕のこと好き?」
「うん。好きよ。すごくね。」
「どうして?」
「奈音くんが私のところへ来てくれるから…」
「じゃあ、また来てもいい?」
「もちろん、いいよ。」
「わーい!」
僕はすごく嬉しかった。
「ねぇ、お月様。」
「なぁに?」
「今日も星ひとつないね。」
「そうね。」
「何でかな…」
「何でだろう…」
三日月も不思議そうな様子だった。
「そういうば今朝、カーテンを開けたのは私なの。」
「え?」
僕は驚いた。
「ちょっと悪戯しちゃった。ふふふ。」
「てっきりママが開けたのかと思ったよ。」
「それ、私…」
僕は三日月の言うことに嘘はないと思っていた。それだけ夢中になっていたのだ。そうこう話しているうちに空は少し明るくなり始めた。すると三日月はこう言った。
「私、そろそろ帰らないと。」
「そうだね。お日様が出てきちゃうからね。」
「うん。」
「また…ね。」
お月様 少しばかりふっくらしたね
お月様 僕には折れそうにないぐらいふっくらしたね
お月様 会えてすごく嬉しかったよ
お月様 会えてすごく楽しかったよ
お月様 大好きだよ