第3話
僕は今まで読んだことのないこの絵本に惹かれた。
「ママ!僕、これが欲しい。」
「決まりね。「月夜に恋ひとつ」…素敵なタイトルね。」
「うん。少し立ち読みしたら面白かったんだ。」
「そう。」
「うん。今まで読んだことのない絵本だよ。」
そう言うとレジへ会計をしに行った。
「いらっしゃいませ。」
「これをお願いします。」
「千五百円になります。」
「はい。それでは二千円でお願いします。」
「それでは五百円のお釣りです。どうもありがとうございました。」
「ママ、ありがとう。」
「誕生日プレゼントよ。」
「わーい!」
僕は今までに見たことのないこの絵本をゆっくりと読めるかと思うと、嬉しくてたまらなかった。早く家へ帰ってゆっくり読みたかった。僕は絵本を読むとものすごく感情移入をする。この絵本は特に僕を引き込んでくれそうだと思った。特に具体的な理由こそないものの、新しい絵本だからだろうか、僕はそう思った。そうこう考えているうちに家へ着いた。
「ただいま。ママ、僕もうこの絵本読むね。」
「ちゃんと手を洗ってうがいをしてからよ!」
「はーい!」
そうすると僕は急いで手を洗いうがいをした。そして僕は自分の部屋でこの絵本を読んでいた。するとママが僕の部屋へ来た。
「奈音、ごはんが出来たから降りてきなさい。」
「はーい。」
僕は言われるがままに一階へ降りていった。
「今日は肉じゃがよ。」
「見ればわかるよ。」
「そうね。ふふふ。」
ママは自信たっぷりな表情で僕にこう言った。きっと上手に出来たのだろうと思った。
「いただきます。」
「はい。どう?今日の出来は?」
「美味しいよ。」
予想通り、いつも以上に良く出来ていた。
「良かったわ。今日はいつもより上手に出来たの。」
やっぱりと僕は思ったが、口にしなかった。新しい絵本のことで頭がいっぱいだったのだ。
「お姉ちゃんはどう?」
「美味しい!」
「良かったわ。精魂込めて作った甲斐があったわ。」
「ごちそうさま。」
「ごちそうさま。」
食べ終わった僕は言った。そしてまた部屋へと戻った。それから絵本を読んでいるとパパが帰って来た。
「ただいま。」
「あら、おかえりなさい。」
そういういつもなら聞こえる会話が聞こえなかった。それだけ新しい絵本に夢中だったのだ。そうするとママが僕を呼ぶ声がした。
「奈音!パパが帰って来たわよ。」
「はーい。」
僕は新しい絵本を見せたくて、絵本を持って降りていった。その時、すでに何度読んだことだろうか。それほどこの新しい絵本を気に入っていたのだった。
「パパ、おかえりなさい。」
「おう、ただいま。」
「ねぇ、パパ…今日これを買ってもらったんだ。」
「新しい絵本だね。」
「うん!誕生日プレゼントだよ。」
「良かったね。」
「今度パパにも読ませてあげるね。」
「うん。嬉しいな。」
「じゃあ、僕は部屋に戻るね。」
するとママは言った。
「歯は磨いたの?」
「まだ…」
「歯を磨いてから行きなさい。」
「はーい。」
そう言うと僕は歯を磨いてから自分の部屋へと戻った。それから絵本を読んでいた。気付くと夜が更けていた。この日は新しい絵本を買ってもらったせいもあり、僕は興奮していたのかなかなか寝付けなかったようだった。その頃、パパもママもお姉ちゃんも眠っていたようだった。
絵本の世界に行きたいと思った僕は、そっとパパの寝室へ入りギターを持ち出してきた。
そして自分の部屋へ戻りカーテンを開き空を見上げると、外には星ひとつ見えないものの綺麗な三日月が見えた。それから時計の電池を取った。そうすることで僕は絵本の世界へ行けるものだと思っていたのだ。ものすごく感情移入をしてしまう僕は、絵本のように真似ごとをしてみた。
これで新しい絵本の世界へ行く準備が出来た。そう思った僕はベランダへ出た。すると不思議なことに綺麗な三日月は青色に染まっていた。僕は空を見上げていた。するとまた不思議なことに僕は空の上にいた。三日月はとても綺麗で僕は恋をしたようだった。ギターを弾いてみたものの、パパのように上手に弾けなかった。それでも三日月は楽しそうに笑っていてくれた。馬鹿にすることもなく…
「ねぇ、どうして僕はここに来れたの?」
三日月に問いかけた。
「だってあの絵本の通りにしてくれたでしょ?」
なんと三日月が答えたのだった。僕は答えてくれないという思いと、きっと答えてくれるという思いが半分半分だった。僕は三日月と話せたことがとても嬉しかった。そして僕はこう返した。
「うん。だって素敵だなと思って…初めてだよ、あんなに素敵な絵本は。」
「そう…それなら私も嬉しいわ。」
「お月様はいつも何をしているの?」
「こうやって空からみんなを見ているの。」
「どうして?」
「それが私のお仕事だからかな?」
「へぇ…大変なお仕事だね。」
「そうでもないわよ。」
「そうなんだね。でも僕みたいに眠らない子供がいても怒らないの?」
「本当は怒らないといけないのかもね…」
「あ、僕ね、奈音っていうんだ。もうすぐ六歳だよ。」
「私は…ずーっと前からここにいるから、何歳か忘れちゃった。」
「何歳でも構わないよ。」
「ありがとう。奈音くんはやさしいのね。」
「ありがとう。」
「うん。」
「そうだ…」
「なぁに?」
「僕と手を繋いでくれる?」
「いいよ。」
そう言うと僕は三日月と手を繋いだ。僕の左手には確かに三日月の右手の温もりがあった。
「もうみんな眠ってるんだよね。」
「そうね。」
「不思議な世界でしょ?」
「うん。」
「奈音くん、楽しい?」
「うん。」
「そう言ってもらえると私も嬉しいな。」
「そう?」
「うん。」
「お月様はどうして青色なの?」
「私にもわからないの。」
「不思議だね。」
「そう不思議なの…」
「ふーん。」
「青色だと嫌かな?」
「ううん。そんなことないよ。」
「あ…」
「どうしたの?」
「お日様が出てきたわ。」
「もう僕は帰らないといけないの?」
「そうね、ごめんなさい…」
「ううん。仕方ないよ。」
「また会えるといいね。」
「うん。また…ね。」
絵本の通りだった。お日様が出る頃、もう戻らないといけなかったのだ。
お月様 すごく細かったよ
お月様 折れそうなぐらい細かったよ
お月様 会えてすごく嬉しかったよ
お月様 会えてすごく楽しかったよ
お月様 大好きだよ