―崩れかけた世界―
「――それは、何故?」
話が長くなりそうだと判断して、読んでいた本のページに枝折りを挟む。
――何故、僕なんかを好きになったの?
「……何故って、好きに理由が必要なの?」
ただ、真っ直ぐに彼は僕を見つめていた。
――そんな目で、僕を見ないで。
「僕は雅人が、まだ……好きだから!」
彼の視線から逃げるように、俯く。握っている本の表紙に視点を留めた。
「――でも、雅人は死んだ」
知ってるよ。……だから、全てを遠ざけた。
雅人を知っている人の傍に居ると、“想い出”にされてしまうから。
心に描くのは、いつも雅人であってほしいから。
――本当は、理解っているの。
「――解ってるよ。だから、僕は葬式に行った」
――痛い。心が、ズキズキと疼いてる。
「葬式に行ったからって、雅人の死を受け入れたことにはならない」
僕のすぐ後に、言葉を続ける。
息をする事も許されないような、重苦しい空気が僕と彼の間に流れる。真っ直ぐに彼は、澄んだ瞳で僕を突き刺す。
「……さよならをしに、行ったんだ。……僕は、雅人に」
* * * * *
「ま……さと?」
青白く……冷たくなった、彼の頬に手を伸ばす。ひんやりとした彼の体温が、“私”の体温を吸収していく。
――嘘……でしょ。
だって、ずっと一緒だって、私をずっと守ってくれるって行ったでしょ?
なんだか“人間”じゃなくなったみたい。
「ねぇ、雅人……。起きてよ。こんなどうでもいい、冗談はいらないからさ! ねぇ……」
雅人の顔を両手で包み込むようにして、雅人に声をかける。すすり泣く声と嗚咽がが、周りから聞こえてくる。
――変な冗談、やめて。
「春ちゃん」
雅人のお母さんは、私を抱きしめて、涙を流した。温かい人の感触。
抱かれた肩から、伝わってくる雅人のお母さんの手の温かさが、一層私を悲しみに誘う。
――雅人は、死んじゃったんだね。
『彼女を守って、死んだんでしょう? まだ、若いのに……可哀想にね』
『しっ! 聞こえるわよ』
――私を守って死んでしまったの
私を守って、雅人は死んだ。……私のせいで、彼は死んだ。
――どうして、私なんか守ったの。
“間違い”の私は、世界に存在しなくていいんだよ。
雅人という螺旋が無くなった、私の世界は無秩序にただ組み立てられているだけで。
動くたびに、軋む。
……雅人と過ごした、日々だけを糧に動き出す。崩れる日まで、永遠に――。