―心の傷跡、甘い痛み―
「こんにちは。桐生 春さん」
本を片手に、廊下を歩いていると、ご丁寧に苗字と名前で呼び止められた。
声のした方を振り向くと、僕が狂ってしまう原因を作った、屋上で会ったあの少年が、僕を見つめていた。
「……この前は、どうも。で、何か?」
伏せ目がちに、訊ねる。目を合わせることなんて、出来ない。
「いや……大丈夫だったのかなって」
苦笑する姿が、雅人と重なる。
――この人は、嫌だ。
雅人を思い出し、重ねてしまう。
頭を右手で掻きながら、照れたように彼は微笑む。
「……ご心配、どうも。では、失礼しま――」
「――待って!」
僕の言葉をを遮って、彼は声を先程より大きくした。
廊下を通っている生徒や先生までもが、僕と目の前に居る彼に視線を送っていく。
「……何か?」
苛立ちを全身で表現するように、僕は腕を組み、上になった右手を小刻みに揺らす。
僕と彼の間には、軽薄で静粛な空気が流れていた。
「質問を、答えてもらってないから」
申し訳なさそうに、彼は言う。
あの“雅人を知っているか?”って質問?
「知っているよ。僕の、好きな人だから」
手を伸ばしても、届かない彼。
届かないもどかしさばかりが、僕の心を埋める。
「今俺が、君の事好きだと言ったら君はどうする?」
――雅人、見ていますか?
どんな想いで、君は僕の姿を見ているんですか?
「――それは」