―夢の足跡―
『春。……僕は、世界で一番君が好きだよ』
――永遠の夢の中で君はそう言って、微笑んだ。
傷ついた、罪深き僕を癒してくれる君の微笑み。
触れるのが怖いほど、君は純粋で汚れを知らなかった。
『春、知ってる? 過ちを犯したことの無い、この世界には人間なんて居ないんだって』
僕と雅人は、“過ち”だったのかな?
僕のした事は、過ちだったのかな?
――教えてよ。
……でも、雅人。“過ち”はやがて罪になるよ。
『早く僕の事は……忘れろ』
――君の姿は、蜃気楼?
刹那に見えた永遠に、僕は縋りつき涙を流す。
君がほしいと甘く疼く、この痛みだけが僕と君に残された最後の絆。
* * * * *
冷たい頬に手を当てながら起き上がると、そこは殺風景な部屋だった。
コンクリートの鉄筋が見え隠れしている、この部屋で僕は雅人の居ない日々を過ごしていた。
雅人との、想い出の場所だから。
「……僕も一緒に、連れて行ってくれればいいのに」
そっと呟いた言葉は、虚空へと吸い込まれていった。
僕はあふれ出てくる冷たい涙。頬を通過して、足跡を残していく。
カーテンの隙間から、差した眩しい朝陽は君の笑顔に少しだけ似ていた。
――夢の中の君は、そういって……早く自分を忘れさせようとする。
本当は、違うんだろ? 忘れて欲しくないんだろ?
「何なんだよっ!」
近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。行き場の無い想いに、結ばれることの無いこの恋に、僕は一体どれくらい……苦しめられるのだろう。
――こんなに、好きなのに……。
「どうしてっ! どうして逢えないの! ……こんなに、好きなのに。こんなに、愛しているのに」
――胸を鷲掴みされたような、激しい痛み。愛しい愛しい、愛の絆。
自分の嗚咽だけが響く、“無”の空間で、タイミングを知らない電子音が部屋に響いた。受話器に耳を傾ける。
聞こえてくる音は、僕を違う世界に行けるような錯覚。
「はい」
『……春? 来月分の生活費、振り込んでおいたから。たまには、家にも顔を出しなさい? ……あんな事があって、家に帰りたくないのは分かるけれど、いい加減になさいね』
「分かりました。お金、有難う御座いました。……失礼します」
母親の言う事に耳を傾けることもしないで、強引に電話を切った。
――親不孝だと、お思いですか? ……お父様。
携帯電話をゴミ箱に放り込む。
――完璧。
これが、母親父親の口癖だった。
完璧であったなら、あなた達は認めてくれましたか?
僕が完璧であったなら“桐生”の名をを継ぐ事が出来ましたか?
* * * * *
君の夢を見た日を境に、心に穴が開いたように僕は何も考えられない日々を送っていた。
――いや、何も考えない日々を送っていた。考えたくなかったから。
酒を飲んでは、潰れて荒れ果てた。
世間では“不良”と呼ばれ、蔑まれている人たちとよく、接触するようになっていた。
どんなに酒を飲んでも、酔い切れない自分。
「全て……壊れてしまえばいいのにな」
雨降りの今日。
――アナタは今、何をしていますか?