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礼似  作者: 貫雪
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8.再び

 一度失った目標を立て直すのはやはり難しい。一心に向かった後であればなおさらだ。

 しかし礼似の心は蘇った。むしろ全てを失ったからこそ、一樹への思いの深さが礼似の中で燦然と輝いていた。


「一樹、あんたは誰かを恨まなければ生きられないって言ったわね。なら、私だけを恨んでちょうだい。母の代わりではなく、永井を殺せなかった私自身を恨むの。他の誰も恨む必要はないわ。もちろんあんた自身もね。私はこれからも上を目指すわ。復讐のためなんかじゃ無く、私の存在を証明するために」

「存在の証明?」一樹が聞き返す。

「そう、有名な詐欺師だった母ではなく、私自身がこの世界で生きている証明。私は母を越えるわ。母とは違った生き方でね。だからあんたにも何かを目指してほしい。人を憎む以外の何かを」

「それが俺の存在の証明になるっていうのか?」

 一樹の問いに礼似は深くうなずく。

「あんたの憎しみはすべて私が受け止めるわ。あんたは私を解放してくれた。母の血の呪縛から解き放って、母を越える勇気を持たせてくれた。だから私は一樹のすべてを受け入れる。今の私なら、その自信と覚悟があるの。これは一樹のためだけじゃ無くて、私の生き方の問題でもあるのよ」

 一樹は礼似の言葉に、じっと聞き入っていた。彼は間違いなく礼似自身の言葉を聞いている。

「それは俺の生き方の問題にもなる訳だな。確かに俺はずっとお前の向こうに見えるお前の母親の陰に縛られていた。それを承知の上で、俺にお前自身を憎めっていうのか?」

「そうよ」礼似は簡単に答えた。


「私はね。今やっとあんたと正面から向き合っているの。今までは母親の陰として、あんたの勢いに引きずられてここまで来てしまった。でも今はすべてまっさらになる事が出来たの。母親の陰に歪んだ心じゃ無く、私自身の心でやっと一樹を真っ直ぐに想う事が出来るのよ。それが私に勇気をくれた。だから私はもう一度上を目指す。一樹を見届けるためじゃ無く、私自身のために」

 途中からは独白になっていた。礼似は自分自身に言い聞かせていた。

「一樹になら憎まれてもかまわないわ。たとえ一生でも。それだけの価値はあるわ。だから一樹にも何かを越えてほしい。人を恨まずに生きる道を選んでほしいの」


 本当にそう思った。一樹の心を開放したい。出来る事なら自分の手で。

 礼似は自らが一樹の憎しみの対象となってでも一樹を他の憎しみから解放したいと願った。

 それは優しさや感謝だけではなく、初めて真っ直ぐに一樹への……誰かへの愛情を向ける事が出来る、純粋な喜びだった。


 私は一樹の心を救いたい。

 親の過去さえ越えてしまえば、こんなにも簡単な事だったんだ。


 一樹は礼似を見ている。彼が礼似と共に上を目指すか、礼似から離れて生きるかは、一樹次第だ。私は一樹がどちらを選んでも受け入れる事が出来る筈だ。礼似は自分に言い聞かせていた。


「お前が存在証明のために上を目指すというのなら」一樹はゆっくりと答えた。

「俺は永井を越える事を目指そう。母にかばわれながらも生き延びられなかった父親を越える事を目指そう。今の俺にはお前を憎めるのかどうかも解らない。でも、お前の覚悟を聞いて思った。俺も何かを越える事を目指して生きてみたい。もう一度お前と上を目指してみたい」

「目指せるわ。きっと。私たちなら」



 ようやく二人は動き始めた。自分達だけの人生を取り戻すために。


 今度は上に上り詰める事が……登り切ってしまう事が目的ではなかった。自分達を苦しめて来た何かを越えることこそが目標になった。二人は再び走り始める。


 二人はまず、組織内の様子に気を配った。今まで以上に不穏な空気や、妙な気配がないか日常の様子に目を光らせた。もちろん自分達のスタンドプレーからの失敗にも立ち返って、個々の動きにも注意を向けた。

 そして、なまじ幹部にならないからこそ、一歩離れた立場から、幹部達の様子に気をまわした。二度と永井にしてやられたような事態を起こしたくはなかった。

 銃の流通ルートにも目を配った。一樹は自分の持ちうる情報を徹底的に洗った。礼似もその確認に走り回った。

 丹念な作業が功を奏し、銃を簡単には他の組織に流されずに済むようになっていった。

 こうして二人の仕事は、より細やかに、より綿密なものへと変わっていった。


 銃の管理が徹底してくると、簡単に撃ちあいなどは起きなくなっていく。けが人もずっと減ってきた。

 そんな地道な仕事を続けるうちに、二人は自然に組織の中心として重んじられ始めた。と、同時に組織自体の足場もしっかりとして来た。以前のような不安定さはすっかり感じられなくなって、組織そのものがまとまりを見せ始めていた。



 しかし、そんな中でも街の外からの勢力が組織を襲い始めた。以前よりもずっと大きな組織だ。街の他の勢力も自分達のシマを守るのに精いっぱいの状況らしい。

 麗愛会のシマの店も次々と荒らされていく。

「こうなったら元から断つしかないな」一樹はそう判断した。

「元? 中心人物をたたくって事?」

「そうだ。規模で比べたらうちは不利だ。人数でもかなわないだろう。しかしこのままやられっぱなしと言う訳にもいかないが、正面からぶつかる訳にもいかない。こうなったらゲリラ戦で大元の奴を街から追い出すのが一番いいだろう」

「でも、幹部達が協力するかしら?」

 幹部の中には巨大な勢力とはいっそ手を組んで、組織の安定を図ろうとする動きがあったのだ。

「あいつらは手を組んでも力にものを言わせて、こっちなんかいい使いっぱしりにされるのが落ちさ。それでもうちが消耗させられるのを嫌がって、手を組みたいなんて言ってるだけだ。だから今が大事なんだ。ここは組織が二つに割れた時の厄介さをまだ知らない。今は何より、うちが一つにまとまる事が大切なんだ。会長も今度ばかりは俺達に理解を示してくれている」

 実際、幹部のこうした動きを礼似達に知らせてくれたのは会長だった。

「だから今回は、俺達の手で、ゲリラ戦を成功させてやる」

「どうやって?」

「体を張るのさ。禁じ手でな。ただし今度は会長公認だぜ」


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