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礼似  作者: 貫雪
7/10

7.復讐

 永井に指定された場所は、工場のようなところだった。鉄骨の柱が立ち並び、工作機械や玉掛けのクレーンなどがあるため物影が多い。どこに誰が潜んでいても、一目では見渡しにくい状況だ。

 奥の壁ぎわ近く、機械類の手前の方に永井と人質はいた。人質はイスに座らされ手足を縛られている。その横に永井が立っていた。その周りにいる人数はパッと見たところ二十人ぐらいだろうか? おそらくまだ数人はどこかに身を潜めているに違いない。


 一樹が永井や人質の後ろに回り込んで行く。こうなると機械の物陰になって礼似の方からは一樹の姿は見えなくなる。礼似も柱や荷物の陰を渡り歩くようにして、少しずつ慎重に永井の方へと近付いて行く。

 やがてある程度まで近づくと、そこからは動く訳にはいかなくなった。一樹が人質を何とかしてからでないと、うかつなことは出来ない。

 礼似は人質のしぐさに集中した。一樹がうまく回り込めれば人質の動きに何かサインがあるはずだ。

 礼似はそのまま息をひそめて待っていた。


 ついに動きはあった。人質の視線が、時々後ろに向いている。一樹に気付いたのだろう。一樹が回りこむのに成功したに違いない。

 しばらくすると人質を縛っていたロープが緩んだのが見て取れた。人質が視線を後ろにやりながらそっとうなずいた。

 一樹が姿を現す。同時に礼似が叫んだ。

「永井!」

 礼似の声に全員が礼似の方を向いた。その隙に一樹が人質と走りだす。

 気付いた永井達が人質を追いかけようとするのを、一樹が立ちはだかってさえぎる。追いかけて来た男に殴りかかっていく。永井達がさらに一樹を襲おうとすると

「動かないで、永井」

 そう言って礼似は永井に銃口を向けた。永井の動きが止まる。



「そうやっていると、本当に母親そっくりだな。お前は」

 永井の台詞に一樹の瞳が暗くなるが礼似の目に入る。

 憎かった。そのセリフを一樹の前で言った永井が、心の底から憎かった。

 それでも礼似は言った。

「私は母じゃないわ。狙った相手を撃ち間違えたりしないわよ」

「それはどうかな?」

 永井がそう言った途端に一樹が叫んだ

「伏せろ!礼似!」

 礼似がとっさに伏せると銃声が鳴り響いた。

 見ると永井の手にはいつの間にか銃が握られていた。

「銃を持っているのが自分だけだとは思わない事だな」そしてその銃口は、一樹の頭の目の前に向けられた。



「お前達は必ず二人だけで来ると思ったよ。今度ばかりはスタンドプレーがあだになったな。これなら外す心配はないぞ。形勢逆転だな」永井が一樹を見ながら笑う。

「逆転? いや、絶好のチャンスだ。礼似、かまわずに撃て」

 一樹はそう言った。

「お前、俺と心中する気か?」永井が驚いた顔をする。

「お前は知らないだろうが、俺は礼似の親に殺された夫婦の子供だ。お前は俺の仇なんだよ。お前を殺すためなら俺の命なんか惜しくはないね。お前は俺の道連れさ」

 一樹は永井をあざ笑うかのように睨んで見せた。


「礼似がお前を俺の道連れに出来るか? こいつは母親と同じさ。情に溺れて関係のない女まで巻き添えにした母親と同じで、お前を死なせる事なんて出来ないはずだ」

 礼似は永井の言葉を聞きながら、凍ったように動けなくなっていた。

「礼似。撃て」一樹が再度促す。礼似は動けない。

「頼む、撃ってくれ……」一樹は懇願した。


 今、一樹は初めて礼似自身を見ている。そう礼似は思った。母の幻ではなく、私自身を。

 それでも礼似は一樹に答える事は出来なかった。この銃で、一樹を死なせることはできない。礼似はついに銃を下ろした。一樹は愕然とした顔をしている。


「だから言っただろう。お前達はろくな死に方をしないだろうと」永井はほくそ笑む。

「あんたもね」礼似は負け惜しみを言った。

「俺の心配はいらんさ。お前達のように情でつるむような真似はしない。この世界でうまく渡るにはコツがいる。自分で身体を張ってノコノコ出て来るような真似はもうしないさ。これっきりだ」

「誰かがまた、あんたを狙うわよ」

「そうだろうな。だが、それはお前達じゃない。俺の行く道をつぶそうとしたお前達には消えてもらうからな」

 気が付くと礼似の横にも、男が銃を突き付けて立っていた。

「いい女を殺すのは惜しいんだが、美人薄命とも言うからな。これも運だと思ってくれ」

 そして、二つの銃の引き金が引かれようとした。



 その時礼似の後ろから、多数の銃声が鳴り響いた。永井達は慌てて身を隠す。礼似と一樹もその場に伏せた。

 二人が物陰に身を隠すと、会長が率いる麗愛会の面々が手に銃をはじめとした様々な武器を持って姿を現した。

 しばらくは銃撃戦が続いたが、やがて乱闘へと変わると、永井達はたちまち追い込まれていく。

 最後に永井は多数の男達に囲まれて、ついには自らの銃で頭を打ち抜いてしまった。


 結局、礼似達は自分達の手では、永井を殺す事が出来なかったのだ。



 その後、一樹と礼似は当然、責任を取って幹部をやめた。しかし二人が組織を離れる事を会長は許さない。

「お前達には人質を解放した功績もある。幹部にはしておけないが、今までどうりに情報収集に動いてもらう。これは俺の命令だ」そう言って譲らなかった。

「ただし、二度とスタンドプレーはさせない。今回も一つ間違えばうちは壊滅の危機だった。良く肝に銘じておけ」

 そう言って二人にくぎを刺した。


 一樹と礼似は復讐に失敗した。永井は自分で死んでしまった。二人は恨みを晴らせなかった。しかもその後には何も残ってはいなかった。唯一残ったのは二人の複雑な関係だけだった。

 あの時一樹は初めて母親の姿を通さずに、礼似自身の姿を見ていた。

 しかし礼似はその一樹の心に答えられなかった。

 一樹の命の方が大切だった。どんなに一樹に恨まれようとも。

 今までは母親を通して一樹に恨まれてきた。それは礼似自身への恨みとは異なるものだった。

 しかしこれからは自分自身が、一樹に恨まれなければならないのだ。

 一樹は礼似を憎むほど離れられないと言っていた。では今は?


 一樹は何も言わない。礼似にも聞く勇気がない。


 それでも一樹は礼似にようやく視線を向けた。

「俺は負けた。永井にも、お前の親の血にも。俺の完敗だ。もう俺には何も残ってはいない」


 そう、一樹には何も残っていない。でも、私には一樹への想いだけが残った。


 ふいに礼似に勇気がわいてきた。あの時一樹は私を見ていた。そうだ。私は母じゃない。私のために誰かの命を奪った母とは違う生き方が出来る。私には一樹への想いがある。


「私は勝ったわ。永井には勝てなかったかもしれないけど、母の血には勝てた。あの時一樹は私を見てくれた。私には一樹、あんたが残ったの。あんたは何もなくなったというなら、これから作ればいいわ。まっさらになって作りなおすの。一樹なら出来る」


 そうだ。私は母の呪縛から解放された。一樹によって。今度は私が一樹を解き放つ番だ。


 一樹は礼似を不思議そうな眼で見ていた。


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