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礼似  作者: 貫雪
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6.迷路

 二人の上り詰めた先が、こんな、八方ふさがりの行き止まりになるとは、礼似は思ってもみなかった。

 一樹は礼似を殺せないかもしれないが、礼似も一樹を憎む事さえできない。

 礼似にとっては一樹に顔も知らない両親を殺された事より、一樹に憎まれ続ける事によって、自分の存在が浮かび上がってくる事の方が重要だった。

 憎み、憎まれる関係がどんな結末を迎えるのか見当もつかないが、それでも礼似は一樹から逃れたいとは思わない。二人の関係は愛情とは呼べない。しかし結びつきは強力だ。それを承知で礼似は一樹から離れられないのだ。

「女が流された時どうなるのか」

 以前一樹はそんな事を言っていた。礼似はあらがうこともできないまま、一樹に流されている事を実感している。


 一樹が礼似を憎む事で生きる目的を見出しているのは明らかだった。しかし、礼似にとっても一樹に憎まれる事で、母親の呪縛から逃れようとしていた。

 礼似は母と同じ姿を、道具として使いながらも呪い続けていた。しかしそれまで否定する以外に道の無かった親の血を、一樹に憎まれ、一樹への鮮烈なイメージになる事によって、肯定する事が出来た。

 礼似は初めてこの姿でいる自分自身の、存在意義を見出す事が出来たのだ。

 一樹がどこまで母の姿を見ているのか、どこまで礼似自身を見ているのかは解らない。おそらく一樹自身にも解らないのだろう。それでも自分の姿は一樹の中に確かに焼きつけられ続けている。


 こんな関係、長続きする訳がない。


 それは二人とも解ってはいるが、あえて二人は流れに逆らわずにいる。

 礼似は一樹から、あの銃を渡された。

「俺にはもう、お前を殺すことはできないだろう。これはお前に預けておく。もし、お前が俺を撃ちたくなったら、これを使えばいい」

「私は一樹を憎めない。私だって一樹を殺す気はないわ」

「それでもだ。俺は結局はお前を憎み続けるんだろう。いつか必ずお前の重荷になる日が来るはずだ。その時までこれはお前が預かっていればいい」

「いつか私が一樹を殺すっていうの?」

「きっとその日が来るさ」

 そう言って一樹は強引に礼似に銃を渡した。



 永井の失脚により、一樹と礼似は幹部としての地位を完全に手中にした。一樹は相変わらず情報入手のために動き、礼似は確認役になっていた。今までの仕事のやり方がその作業にも大いに役に立っていた。

 仕事に関しては二人は今まで以上に息を合わせて取り組んでいた。正直その方が都合が良かった。

 個人の感情に立ち返って、二人の関係を真正面から見つめる事が出来ずにいるのを、お互いによく解っていたからだ。

 さらに、二人にとって共通の憎むべき相手がいた。永井だ。

 永井が一樹の親殺しを依頼しなければ、二人がこんなのっぴきならない状況に陥ることはなかったはずだ。

 しかも、永井がこのまま黙って終わるとも思えない。永井はあれから麗愛会の目を逃れ、行方をくらましていた。

 その永井の居場所を二人は躍起になって探った。そのこと自体も一層二人を結びつけてしまうのだが。


 先に動いたのは永井の方だった。

 まず、礼似が先に襲われた。永井の動向を調べている最中だった。

 女と見て多少は甘く見たのだろう。数人がかりだったが、礼似は難を逃れる事が出来た。

 続いて一樹も狙われ始める。こうなると思い浮かぶ相手は永井しか考えられない。


「永井はあんまり頭を使うタイプじゃないわね。どっちかって言えば人を雇って力にものを言わせるのが得意みたい」礼似が分析する。

「人任せは昔から変わってないんだろ。どの道、恨みがあるのはこっちも同じだ。あいつとはとことんやりあうしかない」一樹も同意した。

「それにしても行動が早いわね。いつの間にそんなに人を用意出来たのかしら?」

「前につながっていた組織が協力しているかもしれない。考えてみればあれから半年たってる。それなりに息を吹き返していたのかもしれない。そいつらにとっても俺達は恨みの対象になっているはずだ」

「これから、ひと波乱ありそうね」


 会長は二人が個人の恨みを動悸にして、永井を追いかける事に反対していた。

「お前達のために、組織の人間を巻き込む訳にはいかない。あっちは失うものを無くしているんだ。どんな行動に出るか解らない」

「協力を求めようとは思っていません」一樹は会長に言った。

「お前達のスタンドプレーそのものを控えろと言っているんだがな」

 会長はそう言ったが、一樹と礼似は永井を追いかける事をやめなかった。


 そして、案の定波乱は起こった。永井は麗愛会の懐刀とも呼べる幹部を連れ去ってしまった。永井は同じ幹部として行動していたので、彼の行動パターンを良く知っている。そこを狙われたようだ。

 彼がいなければ麗愛会は機能出来ない。当然一樹も礼似も組織中から非難の視線を向けられた。

「自分達の事は、自分達でケリをつけます」一樹はそう言ったが

「そうはいかない。彼は我々の懐刀だ。事はすでにお前達だけの問題ではない。すでに組織も巻き込まれている。お前達は幹部には向いていなかった。しかし今は反省している場合じゃない。何としても彼を取り戻さなくてはならない。こうなれば総力戦だ。お前達、勝手な行動に出るなよ」


 そう言われて大人しく引っ込んでいる訳にはいかなかった。これは永井に復讐する最大のチャンスだ。 黙って指をくわえて見ている気は二人ともなかった。

 向こうは一度、壊滅的な打撃を受けている。数では麗愛会が圧倒的に有利だろう。勝ち目はこちらにある。

 だが、永井は……永井だけは自分達の手で復讐したい。

 二人は先に行動を起こした。



「礼似、お前、あの銃は持っているか?」

 永井が指定して来た場所へ先回りする途中で、一樹が聞いた。

「ええ、持ってるわ」

 礼似はあれからずっとあの銃を肌身離さず持っていた。一樹自身に触れるよりもあの銃を持っている時の方が、より、一樹を身近に感じられる気がしていた。

「あれは因縁のある銃だ。チャンスがあったらお前があの銃で永井を撃て。あの銃のこれ以上の使い道はない」

「一樹が自分で撃ちたいんじゃないの?」

「あの銃は今はお前の物だ。そして永井は俺達二人の仇だよ。俺達の人生を狂わせた元凶だ。お前にだって権利はある」

「……解った。ただし、今度は一樹も自分の身を守ってよ。それなら私も永井を狙うから」

「お前もな」

 礼似は黙ってうなずいた。


「俺が先に永井に近付く。後ろに回り込んで人質を何とかしよう。お前は様子を見ながらチャンスをうかがってくれ」一樹は礼似にそう言ったが

「待ってよ。当然何か罠があるはずだわ。一人じゃ危険すぎる」

「だがぐずぐずしていれば、麗愛会の総攻撃が始まる。そうなれば俺達の復讐のチャンスはなくなるかもしれない。やるなら今のうちだ」一樹は珍しく焦りの色を見せた。


 礼似は迷った。復讐か? 一樹の命か?


 しかし今、一樹に反対を唱えても聞く耳を持たないだろう。ここは腹を決めるしかない。

「解ったわ。ただし、一樹が死んだら私、復讐はしないわよ。それが嫌なら何が何でも生き延びて」

「生き延びるさ。お前がその姿で生きている限り」

 そう言って一樹は永井達に気付かれないように身を隠しながら近づいて行った。

 礼似は一樹の言葉に複雑な感情を抱きながらも、今はそれどころじゃない。と、自分に言い聞かせる。

 そして、銃を握り締めながら、一樹の動きを見守っていた。


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