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礼似  作者: 貫雪
4/10

4.幹部会

「今度の幹部会には、お前達も出席するように」

 ある日、一樹と礼似は直接会長から声を掛けられた。それは事実上の二人の幹部入りを認める発言だった。

 ついに二人は幹部の地位を手にしたのである。二人が組んでからすでに半年の月日が流れていた。

「目標達成ね」礼似は素直に称賛したが

「いや、まだ取り合えずだ。たとえ幹部会で普通に発言しても、俺達の意見は通らないだろう。これからは組織の中での発言力が重要になる。周りの奴らの言う事を聞いていたら、今までと何も変わらないんだ。政治力が必要さ」

「私には苦手な分野だわ」

「それは解ってる。俺だって人を抱き込むのは決して得意じゃない。むしろこれからの方が厳しい勝負になるだろう」

「珍しく弱気な事言うのね」

「自己分析は必要だ。これからは一筋縄ではいかない連中を相手にするんだ。ただし基本は変わらない。情報力と用心深さ、そしてスピードだ」

「何か握っているのね」

「まあな」


 やはり、仕事の相棒としての一樹は頼もしい。こんな言い方をするからには、一樹はそれなりの何か情報を手にしているに違いない。

 礼似はあの視線の意味や、この先の二人にかかわる不安を務めて考えないようにした。

 今更考えても仕方のない事だ。今、すでに礼似は一樹とここまで来てしまっている。後戻りはできないし、戻る気もない。途中であきらめれば何もかも失って、ここを去らなくてはならなくなるだろう。 下手をすれば、二人とも付け狙われて生きる羽目にもなりかねない。危ない橋を渡るとは、つまりそう言う事なのだ。

 しかし、一樹にはそれをさせる魅力があった。先への不安よりも、上り続ける魅力、まるでバイクに乗った時の疾走感のようだ。そこに死への恐怖はない。

 このまま突っ走ろう。そんな気持ちにさせられる。

 礼似はその魅力に酔ってしまっている事を、あらためて実感させられる。一樹のやり方は自分の性分に合っているのだ。



「今度の幹部会の件は、俺に任せておいてくれ」一樹はそう言って来た。

「任せる? 私には手を出すなって事?」

「平たく言えばそうなる。お前、名取を覚えているか?」

「名取? あの、裏帳簿の?」

「そうさ。俺達の記念すべき初仕事のターゲットだ」

「名取がどうかしたの?」

「あいつの書類ケースの中に、例の手帳があっただろう? あの中から俺は別のメモ書きを拝借しておいた」

「メモ?」

「あの手帳に挟んであったんだ。後で手帳に書き写すつもりだったのか、別で処分するつもりだったのかは知らないが、そこに意外な名前が書かれていたんだ」

「意外って……。あの手帳の存在自体が意外だったじゃない。私達には大いに役だったけど。一体誰の名前が書かれていたの?」

「永井だよ。うちの幹部の」

「永井……」


 それは確かに意外な名前だ。永井は麗愛会の幹部の中でも上層部の人間だ。それがあの時、直近の脅威となっていた組織の幹部だった名取の手帳にメモされて挟まれていた。これは何を意味するのだろう?

「しかもそこには名前と共に、携帯ではない電話番号が書かれていた。永井の自宅だ。間違いなく永井と名取は繋がりがあったんだ」

「今度はそれを利用しようって言うのね。さすがは一樹ね。抜け目がない事」

 おそらく一樹の事だ。初仕事に名取を選んだのも偶然ではなかったのだろう。名取がうちの幹部と何かつながりがあるとにらんだ上での事に違いない。

「そう言う事なら一樹に任せて良さそうね。でも、何故私が手を出さない方がいいの?」

「あんたは永井とかかわらない方がいい」一樹は歯切れの悪いいい方をした。

「同じ幹部になりながら、かかわるなって無理よ。それに私、永井の事はろくに知らないわよ」

「お前が永井を知らなくても、永井はお前を良く知ってるよ。……お前以上に」

「どういう事よ」


 一樹は礼似の質問には答えずに話題を変えた。

「俺はこの機会に永井を徹底的につぶす。一回では無理だろうが、何度かけても二度とこの世界で這いあがれないようにしてやる。これは俺が上り詰めようとした目的の一つなんだ。俺は永井に恨みがある。だから俺はここを選んだんだ。今度ばかりは俺一人の力で、永井をつぶしてやりたい。これ以上の理由がいるか?」

 もちろん礼似はこの台詞で納得した訳ではなかった。何故、自分が永井とかかわってはいけないのか、気にならない訳ではない。しかし一樹の様子を見ていると、訳もなくそこには突っ込んで行かない方がいいような気がしてしまう。なにか、胸騒ぎがする。自分が知りたくもない事を、知ってしまうような気がする。


 今更傷つく事に、躊躇するなんて。


 一樹といると、自分が弱くなっていく事に礼似は気づき始めていた。


 幹部会は麗愛会の中枢会議だ。麗愛会の基本的な目的や、組織内の情報交換、周辺組織との力関係の確認。主にそう言った事が幹部によって話し合われる。

 まっとうに話し合いだけで済まない事もままあるが、それでも会長の前では筋を通すというのが麗愛会のやり方だった。

 おそらく一樹と礼似のやり口についても、非難や不満が取り上げられていたに違いない。つるし上げるにはいい機会になるだろう。実際二人が部屋に入った時の視線は、お世辞にも友好的とはいえなかった。

 冷たい視線が突き刺さる中、一樹と礼似も席に着く。二人の他には、会長と上位幹部の三人、さらに幹部達が五人席に付いていた。上位幹部の三人の中には永井もいる。


「今日から私達も、ここに出席させていただく事になりました。我々も積極的に発言していこうと思っておりますのでしっかりお聞きくださいますよう、お願いします」

 言葉と表情の不一致。

 まず、そんな印象を与えるような挑戦的な顔で、一樹があいさつした。

 礼似は一樹との約束通り、余計なことは口にしない。黙って軽く頭を下げる。

「挨拶ついでと言ってはなんですが、私から今日の議題の提案をさせていただきます」

 一樹がいきなり切りこんで行く。

「ちょっと待て。何故お前がいきなり議題を持ち込むんだ。お前は幹部としての実績がない、白紙の状態だ。ここでいきなり口をはさめる立場じゃないだろう」

 幹部の一人がもっともな事を言う。

「今からその実績を、作ろうっていうんですよ。この議題はそれだけ重要ですから」

 一樹は悪びれる事もなく堂々と言う。

「はっきりいいましょう。この中に、うちの情報を流している奴がいる。そいつは金や、自己保身ぐらいで組織を売るような奴じゃない。明らかにうちの転覆を計ってるんだ。多分、会長に取って代わる気でいるんだろう」


 一樹の言葉に、幹部達はどよめいた。会長でさえもわずかに表情が動いたように見える。

「適当な事を言っているんじゃないだろうな?ここででたらめな事を言えば、我々はお前を消しにかかるんだぞ」

 他の幹部が疑わしそうに睨んでいる。

「適当かどうかは皆さんで判断できるでしょう。半年前、何故うちがわざわざ隣町の組織に目を付けられたんだと思いますか? 同じ街の中ならいざ知らず、向こうだって自分の街の中での勢力維持で精いっぱいだったはず。なのにうちは目を付けられた。それはうちがまだかなり不安定な状態だったと知っていたからに他ならないでしょう。これはかなりの情報が漏れていたと考えるのが自然です」

 一樹はとうとうと意見を述べる。

「それが、何故我々の中にいると言い切れる」また、別の幹部が聞いてきた。

「一つは、自分の居所を失わないように必死になっている大多数の奴らが裏切るとは考えにくい事。二つ目は、組織の根本的な不安定さは、簡単には見抜かれにくいはずだったという事。実際、他の組織にそう言う動きは見られなかったし、礼似は半年ほど前にうちに来たが、やはり、ここが不安定は場所だとは気付いていなかった。彼女が愚かではない事はこれまでの実績で皆さん、ご存じのはずだ」


 そう言うと、一樹は礼似に視線を向ける。礼似は肩をすくめてみせた。

「三つ目は……。俺が決定的な証拠の品を握っているという事です」

 そう言いながら一樹は視線を一人の男に投げかけた。永井だ。

 永井の方でも、一樹の挑戦を受けて立った。

「それはどうかな? 人間切羽詰まれば居所どころじゃなくなるだろう。金をつかまされた誰かが、つまらない噂でも真に受けたのが、たまたま当っただけかもしれない。そもそも本当に情報が流れていたのかも怪しいもんだ」

 永井は顔色一つ変えずに、滑らかに聞き返してくる。

「しかし野心をもった者には、絶好のチャンスだったはずですよ」

 一樹も負けてはいない。にこやかに笑顔さえ作って見せる。

「それはまさに、お前のような男だろう?それともこれは自分がやったという告白なのか?」

 永井は嫌みでやり返してきた。

「まさか。俺はあくまでもここで、のし上がりたいんです。転覆されちゃ、元も子もない」


 二人の視線に花火が散る。


 一樹は永井から視線を外すと、おもむろに一枚のメモを取り出した。

「実はこれは名取の手帳に挟んであったものなんですが、これはあなたの自宅の電話番号なんじゃありませんか?」

 一樹はついに切り札を出した。

 しかし永井も動揺を見せない。全くの無表情だ。しかし、その無表情さが帰って疑わしさを招いているようにも見える。

「そんなものが証拠になるのか?確かに名取の筆跡に似ているが、名取が書いたかどうかは証明出来まい」

「証明なんて要りませんよ」一樹が答えた。

「要はこんな疑いが出た時点で、皆さんが俺と永井と、どちらを信用するかの問題です。ここの先行きを決めるにふさわしい人間はどちらなのかを俺は問いたい」

「ここはお前のための組織じゃないぞ」永井がわずかに気色ばんだ。

「だからこそです。不利益を与えたかもしれない人間と、確実に利益を与えた人間。人はどっちを支持するんでしょうね」


 たった一枚のメモで、事実上の勝負は決まった。幹部達も、一樹の情報力の高さは認めている。その一樹に追及されれば、その事自体が永井に不信感を抱かせる。

 さらに一樹は証拠の品を握っている。下手な言い逃れをしようとすれば、かえってぼろが出るのは明白だ。

「早く幹部をお辞めになった方が身のためですよ」


 一樹は永井に勝利宣言を、高らかに告げた。


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