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礼似  作者: 貫雪
3/10

3.過去

 礼似と一樹が組んでから、麗愛会は上昇気流に乗ったかのように、勢力を強めていった。

 もちろん二人が組織に大きく貢献しているのは、誰の目から見ても明らかで、二人は常に賞賛と嫉妬の嵐の中にいた。

 しかし、二人とも実質的な評価以外周りの目を気にするようなタイプではなかったので、そんな視線にかまうことなく、順調に仕事を進めていった。


 ある日、礼似は人手が足りないという事で、一樹の反対にもかかわらず、乱闘に出る事になった。やむなく一樹も一緒に出る。

「礼似、あんたは無理をするな。とにかく自分の身をしっかり守ってくれ」

 と、一樹は言ったが、これはいつものことと礼似はあまり気に留めていなかった。正直なところ、久しぶりの喧嘩に腕がうずいてさえいたのだから。

 その日の乱闘は壮絶だった。二人が付く頃にはすでに怪我人も多く出ていて、こちらが押され気味なのは明らかだった。これなら礼似にまで声がかかったのもうなずける。

 さっそく礼似は喧騒の中に飛び込んだ。すぐにナイフを持った五人の男達に囲まれる。

 少し多いな。礼似もとっさにそう思ったが、無謀な性質と、高いプライドが返って礼似を駆り立てた。

 一人目はすぐに鉄パイプで倒した。二人目は一人目を倒した時の反動を使ってみぞおちを付きあげた。

 三人目と四人目は同時に襲ってきたが、一人の足を引っ掛けて、もう一人につまずかせると、そこをいっぺんに襲った。


 あと一人。礼似はそう思った。

 思い込みがあった。多少の油断もあったかもしれない。

 男と対峙した礼似は相手のナイフをよけて、少し後ろに下がったところだった。すると、最初に倒したはずの男が怪しい足取りながらも立ち上がり、ナイフを持って襲って来た。男のナイフが目の前に迫る。


 顔を切られる!

 礼似は反射的に顔をそらした。その隙に相手をしていた男がナイフを振りかざす。

「礼似!」

 礼似が気が付いた時には一樹が前に立ちはだかり、腕から血を流しながらも相手の男を殴りつけていた。礼似も顔を襲った男を殴り倒す。

 一樹は一瞬ホッとした表情を浮かべたが、その後、礼似に向けた視線は憎悪と困惑の入り混じった様な、異様なものだった。

 一樹が助けてくれたのは、決して善意からではない。礼似はそれを思い知らされた。一樹はしばらくそのまま礼似を睨み続けていた。いつしか乱闘は終息していた。


 礼似は困惑していた。誰かに身を張って助けられたのも初めてだったし、こんな油断をしたのも初めてだった。

 さらにその後に向けられた一樹の視線は、一層礼似を混乱させた。

 その視線は複雑な感情が絡まった様な、一種異様なものではあったが、一つはっきりしているのは、深い憎しみの感情が感じられた事だった。

 礼似には一樹にそうまで憎まれる覚えはない。その憎悪はとても激しいものに思えた。気のせいとはとても思えないほどの視線だった。それは一樹に初めて会った時から感じていた、警戒心に結びつくものだった。

 一樹は何か、私に語ったものとは違う目的があって、自分に近づいている。礼似はそれを確信した。



 二人だけになると、それまで口をつぐみ続けていた一樹が、ようやく声を出した。

「何故、身を守らなかった?」

「…腕は?」

 礼似は質問には答えずに聞き返した。

「軽く切っただけだ。なんでもない。それより質問に答えろ」

「これが私のやり方よ。一樹にとやかく言われたくないわ」

 礼似は反抗した。反抗せずにはいられない気分だった。

「何度も言ったよな?俺はあんたに何かあったら困ると。それに前にも言ったはずだ。あんただって女だと。女はギリギリのところで、本能的に顔をかばう。あいつはそれを承知であんたの顔を狙って来た。気付かなかったとは言わせない」

「あんなところで身をさらけ出すほうがどうかしてるわ。腕だけで済んだのが不思議なくらいよ」

 礼似は反射的に言い返した。

「そうさ、俺はあんたに命を張ってる。礼似がどうあがいても俺はあんたを守り切る」

「私の命を私がどう使おうと勝手でしょ。一樹には関係ないわ」

「ああ、勝手だ。でもそれは俺達が上り詰めた後の話だ。少なくとも今じゃ無い。これからも礼似が無茶をすれば、俺は礼似に命を張る。そのたびにあんたは俺に貸しを作る事になるぜ。それが嫌なら黙って自分の身を守るんだな」

「一樹こそ、勝手な事言ってるじゃないの」

「礼似はそれを承知の上で、俺と組んでるはずだろう? 今更文句は受け付けない」

 そう言って一樹は黙り込んでしまった。礼似も反論をあきらめた。これ以上は堂々巡りだ。

「お礼は言わないわよ」ため息とともに礼似は言った。

「そんなもん、欲しくない」一樹が答えた。



 礼似はその後気になって、一樹の事を調べてみた。しかし一樹の過去はなかなか出てこない。家族は妹一人だけ。他に親族もいないようだ。その妹も連絡先さえつかめなかった。

 あれだけ計算高い男だ。簡単に組織の人間に過去をつかませないのも当然か。やむなく礼似は直接一樹に尋ねてみた。本当の事は言わないだろうが、あの視線の意味をつかむ何かのヒントになるかもしれない。


「一樹、あんたここに来る前は何してたの?」

 一樹は少し眉を上げて、視線を外した。とうとう来たか。と思っているのが解る。

「色々さ。あれこれコネを作ったり、腕を磨いたり。まあ、ろくなことはしていないさ。それは礼似だって一緒だろ?」

「一樹は私の事ぐらい、いくらでも調べ上げてるんでしょ。今更聞くような事じゃないじゃない」

「経歴や表面上の事はな。だが、そんなもん、大したことじゃない。要は何を考え、どう生きて来たかさ。あんたは何を考えて生きて来たんだ?」

「質問したのはこっちなんだけどね。大したことは考えてないわよ。運の悪さを呪いながら、このまま終わりたくないって思ってただけ」礼似は正直に答えた。

「誰かを憎んだりはしなかったのか?」珍しく、一樹が突っ込んで聞いてきた。

「そりゃ、親はね。でももうこの世にいないし、思い出したくもなかったし。後は憎むほどの気力もわいてこないような事ばかりよ。生き抜くほうがよっぽど気力を保てるわ」

 礼似は答えながら、ふと、一樹が自分を試しているような気がした。

「一樹こそ、あんたのエネルギーは憎しみから来てるんでしょ? そのくらいわかる。あんたは何をそんなに憎んでいるの?」礼似は一樹の視線の事には触れずに聞いた。

「俺は親を殺されてる。父親は殺されるに値する男だったが、母親は完全に巻き添えだ。俺もその時その場にいたんだ。母親は父親をかばおうとして殺された。おかげでこっちは散々な目にあって来た」

 そこまで話して一樹は一旦、口をつぐんだ。妙な間だった。


「俺はガキの頃に人を殺してるんだ」

「え?」

 意外な告白に礼似は耳を疑った。

「両親の、いや、正確には母親を殺されたことへの復讐さ。俺はまだ十歳だった。運に頼ったやり方だったが、はっきりとした殺意があったよ。事故扱いになっているが、幸か不幸か、俺は復讐に成功してしまった。そこからは人としての転落の一途さ」

「まさか」

「本当さ。ガキがそんなことしてまっとうに育つ訳がないだろ? おかげで今の俺がいる。人を憎む事に慣れてるんだ。でなけりゃ、こんな風になった自分を誰よりも憎まずにはいられなくなる。だから俺は誰かを憎まずには生きていけないんだよ」

 そして礼似の方を見ると

「あんたが嘘を付かなきゃ生きていけなくなったのに、似ているかもしれない」と言う。

「悲しいわね」礼似はぽつりと言った。

「ああ」一樹はそう答えると視線を外した。この話はもうしない。そう告げているようなはずし方だった。



 結局、あの視線の本当の意味は解らなかった。それよりも、一樹が意外なほど正直に礼似に過去を話した事の方が驚きだった。一樹が嘘を付いていない事はすぐに伝わってきた。一樹は礼似に対して何か、連帯感のようなものでも感じているのだろうか? それは礼似に対しての何かの目的とは別の感情なのだろうか?

 ただ、礼似が強く感じたのは、自分達がいやになるほど似た者同士だという事だ。一樹も胸の奥に何か無謀さを秘めている。もしかしたら自分よりもずっと深い無謀さを持て余しているのかもしれない。

 こんな二人がこのまま上り詰めていった時、二人には何が待っているのだろう?


 そして礼似は自分の心情に変化が起こっている事に気づかされた。今まではどんなに周りが変化しようとも、不安はおろか、戸惑いさえも感じたことはなかった。しかし今は自分よりも無謀な心を持っているかもしれない男と組んでいる。一樹は礼似が彼をどんな事に巻き込もうとも、礼似を守ろうとするだろう。たとえ一樹が礼似にどんな悪意を持っていようとも。

 礼似は初めて人を巻き込む事を恐れている。これでは一樹のいいなりだと思いながらも、礼似は一樹を意識して、慎重にならざる得ない。そしてこの変化に、礼似は不安を覚えずにはいられなかった。



 その日、礼似は会長に「一樹と組んでいる間は乱闘には参加しない」と告げた。

 一樹と礼似がどんな仕事をしていたかは、すでに公然の秘密となっていた。もちろん会長は認めていない。

 ただ、どんな返事があろうとも、礼似は乱闘に出る気はなかった。

 会長はしばらく黙って礼似を見ていたが

「それは仕方がないだろう」と言って承諾した。

 礼を言って立ち去ろうとする礼似に会長が声をかけた。


「礼似」

「まだ、何か?」

「お前、一樹と組むのをやめたら、ここに残るのか?」

 意外な質問に、礼似はとっさに返事が出来ずにいた。

「残らないと思います。私は一樹がどこまで上るか見届けるためにいるんですから」

「俺の前でいい度胸だな。そう簡単にやめられる世界ではないはずだ」

「きっと役に立たなくて、会長から叩き出す事になりますよ。一樹がいなければ、私はただの喧嘩好きのあばずれです」

「その喧嘩好きが、乱闘に出ないというんだな」

「そうです」

 会長は深くため息をついた。

「解った。もう行っていい」

 そう言われて礼似は会長の部屋を後にした。


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