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礼似  作者: 貫雪
1/10

1.出会い

自分のブログにて、連載していた作品です。

 こいつは信用できない。礼似は最初からそう思っていた。

 それでも礼似はこの男の話に乗る気になった。いつもの無謀な心に火が付いてしまう。

「じゃあ行こうか」

 そう促されて、礼似は先に立って歩く。こいつの後に従って歩く気はなかった。

 こいつがどこまで行くか、見届けてやろうじゃないの。これで命を落とすんなら、それも本望だわ。

 そう思いながら、礼似はビルの中へと入っていく。



 礼似は子供の頃から人一倍活発だった。いわゆるお転婆で、女ガキ大将。いつも、何をするのにも一番最初で、てっぺんや一等賞を何より好んだ。

 子供の世界ではそれは十分に物を言った。喧嘩の強さや足の速さは、そのまま人気に比例した。

 ところが年かさが増すごとに、周りの見る目が変わってきた。特に大人の目は冷たかった。

 死んだ母にそっくりだと言う礼似の容姿は、幼い日の礼似には自慢であったが、親達の過去が明らかになると、それは憎しみの対象へと変わった。

 礼似の父は、表向きは会社経営者となっていたが、実のところは殺し屋だったらしい。幾度も捜査の手を逃れたらしく、常に悪い噂に囲まれていたようだ。しかも母親は詐欺師で、幾度も刑務所を出入りしていた。


 そんな二人はその報いを受け、乗っていた車の転落事故で命を落とした。


 表向きは事故だが、おそらく報復を受けたのだろう。少なくとも礼似を育てた祖父は、そう思っていたらしい。

 祖父は礼似に優しく接したが、いつもそこはかとない遠慮が感じられた。孫にこんな人生を与えてしまった親を育てたことへの、罪悪感がそうさせたのかもしれない。それでも礼似は祖父に感謝していた。

 しかし、その祖父が死んでしまうと、祖父に喜んでほしい一心で進学した高校も、もとより居場所のなかった礼似には通う気がなくなり、さっさと退学してしまった。

 やむなくバイト三昧の日々を送ったが、それも長続きはしなかった。その頃までに礼似は自分の心をすっかり嘘で固める習慣が付いてしまっていた。あちこちのバイトを転々とする日々が続く。

 まず、親の事は嘘をつかざるを得なかった。人に甘く見られないように、年もごまかし始める。

 そのうち嘘は習慣となっていき、ついには生活の一部となっていた。



 罪悪感はなかった。馬鹿正直に物を言い、真実が明らかになった時の方が、よっぽど痛い目に会う事が多かった。

 ついには母にそっくりな容姿のせいで、母に騙されて恨みを持ったものから襲われかける目にさえあった。

 母の血が流れている。そう思う事は耐えがたいほど苦しかったが、この容姿は人をだますにはあまりにも重宝だ。礼似は母そっくりな容姿を、生きるための道具として割り切る事にした。すでにその程度には世慣れてしまっていたから。

 ろくな死に方しないだろうな。と思いながらも、このまま終わる人生も納得できない。あがききってやろうという気持ちがいつも心の中にあった。

 心の奥に無謀さを抱え、礼似はいつしか喧嘩に明け暮れるようになった。

 身も心も傷つく事を恐れる気持ちはとうに希薄になっていた。



 喧嘩で腕に物を言わせる世界は、子供の頃を思い出させた。バイクで風を切る時は周りの者を追い抜く爽快感と、誰にも追いつかせない絶対的な孤独と開放感があった。それは死への恐怖を上回るほどのものだった。

 気が付けば礼似は、「疾風の礼似」と呼ばれ、近隣で最も大きな暴走族グループのトップに立っていた。

そんな中で、礼似はその男と出会ったのである。



「礼似さん、こいつ絶対にバイクに何か仕掛けましたよ。こんなの勝負じゃありません」

 横にいる仲間はそう言ったが、礼似は取り合わなかった。

「別に礼儀正しくレースをした訳じゃないんだから、どんな手を使っても勝ちは勝ち。私の負けよ。解った。麗愛会に上納金を払うわよ。でも、あんた達のいいなりにはならないからね。そこは勘違いしないでよ」

 礼似は目の前の男に、そう言ってくぎを刺した。

「いや、今日は別の交換条件を持って来たんだ。麗愛会の関係者としてではなく、俺個人の頼みとしてね」

「あんた個人の?」

「あんた、麗愛会に入って、俺と組まないか?」


 男は意外な事を言って来た。ここ数日、麗愛会の人間がやって来ては、礼似達のグループに上納金を納めるように言って来ていたのだが、礼似はそれを突っぱね続けていた。自分達の身は自分たちで守れる。余計な介入は邪魔なだけだった。

 ところが、今目の前にいる男は、多少卑怯な手を使ったかもしれないが、まんまと礼似を遣り込めたにも関わらず、自分と組めと言って来たのだ。


「どういう事?」

「言葉のとおりさ。俺はあんたを見込んだんだ。麗愛会は発足して間もない新興勢力だ。だから、あんたらみたいな走り屋にも手を伸ばさざるを得ない。逆を言えば、今ならかなり上を狙える組織なんだ。俺は幹部の上の方を狙ってるんだよ」

「あんたが何を目指そうと、私には関係ないわ」

「おっと、そうはいかない。あんたは今、俺の勝ちを認めたんだ。あんたが俺と組んでくれるなら、上納金の話はチャラだ。さらにあんた達のグループに手出しはさせない。悪い条件じゃないはずだ」

「あんたが約束を守る保証はあるの?」

「形に出来る保証はないな。だからあんたは俺と組んで、俺を見張っていればいいのさ」

「断ったら?」

「断るのかい?こんな面白い条件を。あんたは俺と上を目指す事に、きっと興味がわくと思うがな」


 こいつは油断がならない。信用できる相手じゃない。礼似の心の中の警報音が鳴り響く。

 しかし……だからこそ、礼似はその男に興味を持った。無謀な思いに火が付いた。


「解ったわ。乗ってあげる。あんたがどこまで上って行けるか、見届けてみようじゃないの。あんたの名前は?」

「一樹だ。あんたは?」

「礼似」

「じゃ、礼似。麗愛会に乗り込もうか。命張るには格好の舞台だぜ」

 こうして礼似は麗愛会に入る事になった。一樹と組むために。



 麗愛会の事務所のあるビルに、礼似は先だって入っていく。一樹の後には付いていかない。

 一樹が信用できないだけではなく、それは礼似のプライドだ。

 礼似がまるで一樹を従えるようにして、事務所のドアを開けると、一斉に視線が集中した。奥に会長らしい男が座っている。

「彼女が礼似です」一樹が簡潔に説明した。

「話は聞いている。ここに入って一樹と組むのか?」会長らしい男も、単刀直入に聞いてきた。

「そうです。一樹がどこまで上っていくか、見届けるためにね」礼似は挑戦的な視線で笑って見せた。

「面白い女だな。評判通りだ。楽しませてもらえそうだな」会長らしい男も笑う。

「ええ、期待できますよ。彼女は」一樹も太鼓判を押した。

「解った。礼似、お前の麗愛会入りを認めよう。活躍を期待している」

「ありがとうございます」礼似は視線を外すことなく、礼を言った。



 短い会見の後、礼似は早速一樹に聞いた。

「で、一樹は私を使って何をしようって言うの?」

「禁じ手さ」一樹が答えた。

「禁じ手?」

「あんた、美人局って知ってるか?」

「随分クラシカルな事、言うのね」

「女を使ってモノを巻き上げるのは、一番効率がいいのさ。手に入れにくいモノほど効果がある。俺が巻きあげたいのは金じゃない。幹部へと上り詰めるための切符さ」

「切符?」

「それは時には権利書だったり、時には人の弱みだったりする。普通の手段じゃ手に入りにくいもの、それをあんたに狙ってもらうのさ。それだけ危険な仕事になるが、あんたはそんな事気にしないだろう? だから俺はあんたを見込んだのさ」

「手に入れにくいものね。そんなものに手をつけたら、あんた自身が危ないんじゃないの?」

「ご心配、どうも。ところがそう言う連中は、世の中見栄で生きてる様なもんなのさ。間違っても女に引っかけられて、してやられるなんて思っちゃいないし、そうなったら、なったで、とても表ざたにはできない。こっちが迅速に行動すれば、相手はこっちの言う事を聞かざる得ないのさ。必要なのは用心深さとスピードだ。それから一番大事な条件が一つある」

「何?」

「あんたが殺されない事さ」一樹は礼似を見据えて言った。


「事がばれたからと言って付け狙われる心配はまずないと思うが、ばれる前ならあんたを消せば相手は万々歳だ。俺だってそうなればおしまいだ。だからあんたは深入りしちゃいけない。あんたの役目はターゲットをその気にさせる事、モノのありかを確認する事、速やかに退散する事だ。そこからあとは俺がやる」

「結局私がするのはモノの確認だけ?そんなことでいいの?」

「それが一番肝心なのさ。ギリギリ相手を追い詰めておいて、肝心のモノがなければお話にならない。だいたいプライドの高そうなあんたに余計なことは求めないさ。それにあんただって女だ。女が流された時にどうなるのかは男の俺には解らない。むしろ、俺が踏み込みにくくなる方が厄介だ」

 そして一樹は表情をさらに引き締めて言う。


「礼似、あんたには何が何でも自分の身は守ってもらう。相手がどうなろうと、殺しでもしない限りはもみ消せる。あんたが死んだら、あっという間にゲームオーバーだ」

「ゲームねえ。随分自信があるみたいだけど、私が途中で裏切ったらどうするつもり?」

「どうもしないさ。俺が破滅して終わるだけだ。どうせあんたには失うものなんかないんだろう? あんたに脅しが効かない事は解ってるさ」

 一樹はあきらめた口調で言う。礼似の性格を十分把握しているらしい。

「そこまで私の事を知ってて組みたいって言うのね」

「俺は人選にはうるさいのさ」

 そう言って一樹は笑う。礼似はその笑い方に油断できない何かを感じる。それが何なのかまでは解らないが。

「ただしこれは禁じ手だ。麗愛会はこのやり方を認めない。特に会長は認めないだろう。この仕事に麗愛会からの協力は求められない。だが、出てくる結果に文句は言わないはずだ。ここにはまだ、それほどの余裕はないはずだ。だから俺はこの手で上り詰めて見せる」

 一樹の自信ありげな顔を見て、礼似は軽く笑った。

「見事に周りは敵だらけね」

「面白いだろう?俺は」一樹が自慢げに胸を張った。

「もしかしたら、あんたそのものが、俺の切符になるのかもしれないな」

 一樹が礼似を見ながらそう言った。


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