第四章:嵐の夜
雨は、予報どおりだった。
静かに降り始め、気づけば街全体を包み込んでいた。
雷は、まだ鳴っていない。
それが逆に、不安を煽った。
直人からのメッセージは短かった。
「少し、話せますか」
理由は書かれていない。
でも私は、なぜか分かっていた。
いつもの駅前。
いつもの場所。
なのに、空気だけが違っていた。
直人は、傘を差したまま立っていた。
視線は私ではなく、濡れた地面に落ちている。
「遅れてすみません」
そう言うと、彼は首を横に振った。
「……来てくれて、ありがとうございます」
その言葉の丁寧さが、胸に刺さる。
別れの前触れみたいだった。
しばらく、雨音だけが続いた。
通り過ぎる人たちの足音も、遠く感じる。
「美咲さん」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
「僕は、たぶん……
誰かをちゃんと愛する準備が、まだできていません」
予想していた言葉なのに、息が詰まった。
「一緒にいると、楽しいし、救われる。
でも同時に、怖くなる」
彼は、ようやく私を見た。
「また、失うかもしれないって」
私は、何も言えなかった。
否定も、引き止めも、できなかった。
「だから、このままじゃ……
美咲さんを傷つける」
雨が、強くなった。
傘を叩く音が、会話を切り裂く。
「……分かりました」
自分の声が、驚くほど静かだった。
直人は、一瞬だけ目を見開いた。
「本当は、言いたいことがたくさんあります」
そう続けた。
「でも、ここで縋ったら、
もっと惨めになる気がして」
それは、強がりだった。
でも、これ以上弱い自分を見せたくなかった。
「美咲さんは、雷が苦手でしたよね」
唐突な話題に、少しだけ首を傾げる。
「はい」
「僕は……雷より、
あなたを失う音のほうが、怖いです」
その言葉が、胸に深く沈んだ。
遠くで、雷が鳴った。
小さく、低い音。
「でも」
直人は、ゆっくりと息を吐いた。
「だからこそ、今、手放します」
私たちは、もう何も言わなかった。
抱きしめることも、触れることもなく。
ただ、同じ雨に濡れながら、
少しずつ距離を取った。
「さようなら」
どちらが言ったのか、覚えていない。
背中を向けた瞬間、
雷が落ちた。
でも私は、耳を塞がなかった。
胸の奥が、痛いほど静かだった。




