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秀才、飲み会に行く 二

 

 ところで、と前置きしてエリオットが話を振る。

「リアム、初めての発表はどうだった?」


「そうですね、正直緊張でうろ覚えですが。発表自体はそれなりに上手くやれたとは思います」


「練習の成果だな。俺から見ても良くできていたと思う。質問にも真摯に答える姿は好印象だった」


「リアムさんは凄いですよ」

 フラムが机に伏しながらぼやく。


「私なんて三回目なのに、今回もダメダメでした。緊張しちゃって、用意してた答えが咄嗟に出なかったり」


「フラムちゃんは内容は良いんだからもっと自信もちなよー」

 ティナが笑いながら頭を撫でた。



「そうだな、少なくとも俺の知る限り二人とも研究生一年目にしては出来過ぎてるくらいだ」

 エリオットは素直な感想を漏らす。


「二人だけですかー?」

 ティナがわざとらしく笑いながら言う。


「ティナに関しては去年から見てるからね。心配してないよ」

 エリオットはそう言って肩をすくめると、ティナは満足そうな顔でエッヘンと、薄い胸を張った。


「まあ、ティナちゃんは優秀ですから」



「それにしても、」

 リアム飲みかけのグラスを空にして続けた。

「初めて登壇して、自分の研究について分野問わず他人から質問されるのって勉強になりますね。自分が当たり前だと思っていたことが改めて刺激されるというか」


「そうだな、だから大事なのはその後だ。結局は発表会なんて、その経験を本人たちがどう生かすかだからな」

 エリオットは嬉しそうな顔で答える。


「はい、自分の今のレベルを知れたという意味でもとても勉強になりました」



「なんか、カッコイイっすね。よし、俺もすぐに追いついて見せるっすよ」

 一連の流れを見ていたカイは、自分だけ一歩後ろにいる事に歯がゆさを覚えつつ、決意を固めるのだった。


 ーーー


 少し落ち着いたところで、フラムが聞いてくる。

「それにしても、今日の発表、先輩のテーマで出て来た”純粋魔力”っていうのはどういった物なんですか?」


「あ!それ私も気になってた!」

 フラムに続いて、ティナが声を上げる。


「純粋魔力?、リアム先輩は分かります?」

 発表会には参加していなかったカイが、リアムに尋ねる。


「そうですね、自分は魔法が現象として存在する前の状態という風に解釈しましたが」


 エリオットは自分の発表を思い出しながら説明する。

「そうだね、言葉の意味としてはそんな感じ。要するに魔力が魔法の形や状態に変化する前、まだ何物でもない純粋なエネルギーとして扱うことが出来たら面白いと思ってね。これが実現できれば、『魔法の発生原理』をより深く理解できるかもしれない。これは思いつきの段階だけど、その純粋な状態の魔力を保存できたら、もしかしたら魔力を持たない人でも魔法を使える時代が来るかもしれない。そうすれば魔法の研究はより発展して現在未知とされている現象を解明する人も出て来るかもしれない」


 一通り話し終えて向き直ると、周りがポカンとしていることに気付く。

 それを見て、エリオットは思わず笑みを漏らした。


「一人で話過ぎちゃったかな」

 エリオットは、少し恥ずかしくなり耳を掻く。


「いや、なんて言うか凄すぎて圧倒されました」

 リアムがハッとして言うと、他のメンバーもそれぞれ頷く。


「いやー、魔力を持たない人でも魔法を使える時代とか、頭の中どうなってるんですかって話ですよ」

 カイが感心したように身を乗り出す。

「俺なんか、講義で教えられる基礎理論だけでも手一杯っす」


 エリオットは少し困ったように笑った。

「ただの興味だよ。俺としては魔法をもっと知りたい。その理を解きたいってだけだしね」


「なんか、先輩らしいです」

 フラムが穏やかに頷いた。


 ーーー


 料理が次々と運ばれてくる。

 香辛料をまぶした鶏肉の串焼き、焼きたてのパン、香草の利いたスープ。

 店主のエドが、注文にない皿を笑みとともに運んできた。



「おう、発表会お疲れさん。こいつは俺からのサービスだ」

 そう言って、机に不揃いにカットされた果物を置いた。


「ありがとうございます。初めて見る果物ですね」

 エリオットが答えると、店主はにやりと笑う。


「馴染みの商人がくれてな、ココの実って言ってな、王国の方で流行ってるらしい」


「私前に一度だけ食べたことありますよ。甘くて美味しいんですよ」

 既に一切れを食べながらティナが言う。


「おう嬢ちゃん、今日も元気そうだな。発表の方はどうだった?」


「上出来ってやつですよ」

 ティナがピースをしながら答えると、店主は豪快に笑う。


「そりゃ結構。若い内は語れ、笑え、飲めだ。研究は逃げねぇよ」


 それを聞いてティナが「聞きました?エドさんの名言!」と声を上げた。

 場の空気が、ふわりと軽くなる。



 やがてハーブ酒の瓶が二本目に突入し、空気はさらに和やかになっていった。


 ーーー


 気づけば、グラスは何度も満たされていた。

 カイはやや頬を赤くし、フラムは目を細めながらグラスをゆらゆらさせている。



「ねぇねぇ、エリオット先輩」

 フラムが上目づかいに覗き込む。

「先輩って、疲れないんですか? いつもすごく考えてる顔してる」



「……考えるのが好きなんだ」

 エリオットは静かに答えた。

「知りたいんだ。魔法がどうやって世界と繋がってるのかを」



「へぇ……」

 フラムがぽつりと呟く。

「やっぱり、かっこいいなぁ……」



「うわ出たー、酔ってるときのフラムちゃんモード!」

 ティナが笑いながら肩を叩く。

「リアムくん! そっちは大丈夫!?」



「……はい、ぼくはちょっと……眠い、です……」

 リアムはグラスを持ったまま、ゆっくりテーブルに突っ伏した。



「ほら来た!」

 ティナが立ち上がり、声を張る。

「フラムちゃんアウト~! リアムも戦線離脱~!」



 カイが笑いながら拍手する。

「いいぞティナ先輩!実況向いてます!」


「よーし、じゃあ残った我々で勝利の乾杯よ!」


「勝利って何に対してだよ……」

 エリオットが苦笑する。



「ノルマとか締切とか現実とか、そういうの全部に!」

 ティナが勢いよくグラスを掲げた。

「乾杯ー!」



 笑い声とグラスの音が重なった。

 その響きは、風詠亭の木の梁に柔らかく反射し、温かな残響を残した。


 ーーー


 外に出ると、夜の空気が一気に頬を撫でる。

 吐く息が白く煙り、冷たい風が髪を揺らす。

 石畳の街路に灯る魔導灯が、淡い光で並木の影を落としていた。



 ティナとカイは、眠りこけたリアムとフラムを支えながら、寮の方へと歩いていく。

 ティナは最後まで賑やかで、笑いながら手を振った。



「先輩! 次の打ち上げはもっと豪華にいきましょうねー!」


「はいはい。全員、ちゃんと明日動けるようにね」


 エリオットが手を振り返すと、ティナはひらひらと笑いながら夜の通りに消えていった。

 その背中を見送りながら、彼は深く息を吸った。



 香辛料の残り香がまだ鼻に残っている。

 風詠亭の窓からこぼれる灯りが、遠くでやわらかく揺れていた。


 ――こうして笑っていられる時間が、どれほど貴重なものか。


 ふと、そんなことを思う。


 学院へと続く道を歩きながら、エリオットは空を見上げた。

 雲ひとつない夜空に、星々が凍りついたように瞬いている。

 そのひとつひとつが、彼にはまるで「文字」のように見えた。


 ――世界は一冊の本のような物だ。


 これはエリオットの持論だ。

 魔法は、単なる力ではない。

 世界を読み解くための“言語”であり、そこに宿ることわりを理解しようとする行為そのものが、魔法の本質であるのだと。


 だからこそ、シリルの研究も、ティナたちの努力も、皆どこかで同じ方向を見ている。

 違う道を歩いていても、その根底には同じ願いがある。


 ――世界を、もう少し深く理解したい。


 ただそれだけのことが、どれほど尊いことか。



 街角の古い時計塔が、静かにその日最後の鐘を鳴らす。

 その音が風に乗って流れ、学院の塔の尖端に灯る光が遠くに揺らめいた。


 靴音が石畳を打ち、夜気に吸い込まれていく。


 その夜、秀才は少しだけ眠りにつくのが遅かった。

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