第2章 1.ギルドからの正式依頼
センターの朝は、意外と静かに始まる。
ミーナが朝食を並べ、グレンが無言でコップを洗い、
ティティがパンを1.5枚食べたあと、おすまし顔で口を開いた。
「今日の占い、だいたい当たりますのよ……ふふ、だいたい、ですけれど♡」
「で、内容は?」
ライクがコーヒーを片手に尋ねると、ティティは指を立てて朗々と詠じた。
「“西の風に気をつけて、炎は二回まで”ですって!」
「二回までって、なんの制限だよ……火事か?」
「さぁ? でも、わたくし、もう一回くらいは炎を出せますわよ♡」
「やめてくれ……朝から燃えそうな話すんな」
そのとき、玄関のベルが小さく控えめに鳴った。
「こんな朝っぱらから客か?」
ライクがドアを開けると、黒い制服に銀の肩章をつけた人物が立っていた。
その胸元には、王都治安ギルドの紋章。
「失礼します。王都治安ギルド・依頼受付部所属のフェルスと申します」
「お、おう……センターへようこそ」
「本日は、“元・勇者引っ越しセンター”様に正式な業務依頼をお持ちしました」
差し出された書類の表紙には、大きく「転居支援申請書」と書かれている。
「今回の対象は、“元・魔法局所属”の市民でして。現在は王都北区の住宅にお住まいです」
ライクが眉をひそめる。
「……元・魔法局って響きがもう穏やかじゃねぇな」
「ご安心を。罪状や指名手配歴はございません。ただ、生活様式がやや特殊でして。近隣との摩擦が継続しており……」
ティティが目を輝かせて口を挟む。
「要するに、“変人”ってことですの?」
「我々としては、“個性的な市民”と表現しております」
「でもここにちゃんと書いてありますの! “まほうのガラクタが多すぎて暮らしにくい”って! ああ、すてき♡ それこそ、ティティのお部屋の夢ですわ!」
「うわ……絶対うるせえやつだな……」
フェルスは少し苦笑しながら続けた。
「もちろん、今回の依頼は民間契約ですので、センター様のご判断で“受諾/辞退”を自由に決めていただいて構いません」
「でも、どうしてうちに依頼を?」
「実は……該当の住人、ギルド職員が訪ねると、毎回妙な魔道具で煙に巻かれてしまいまして……」
ミーナがぽんと手を打つ。
「逃げられてばかりで、調査が進まないそうなんですね〜。それで“外部専門業者に”という流れに……」
ティティがぱちんと手を叩いた。
「つまりつまり、“へんてこ対応専門センター”ってことですわね! わたくし、名刺つくりますわ♡」
「やめろ。正式に印刷されたら、おれが泣く……」
ミーナが書類を丁寧に受け取り、うっとりと微笑んだ。
「……ふふ、書式も署名も完璧です〜。前金までしっかり。神さまも安心されてます〜」
「ほんとに神様見てんのかよ……?」
「“変わった方の処理”こそ、紙と印が大切なんですのよ」
ライクはひとつ深く息を吐いて立ち上がる。
「……わかった。引き受ける。場所は?」
「王都北区・緋桐通り。“コルネリオ邸”という屋敷名になります」
「……名前からして、クセしかねぇ気がしてきたな……」
ティティがくるっとターンして小さくジャンプする。
「やった〜! 今日もティティ、おしごとですわ♡」
フェルスが頭を下げ、案内書を渡して帰っていくと、室内にはふんわりとした緊張が残った。
こうして“元・勇者引っ越しセンター”は、
初の王都正式依頼に向けて動き出すこととなった。
だがこの時、まだ誰も知らなかった。
その屋敷の中に、“引っ越し”だけでは済まされない何かが眠っていることを――。