第1章 8.ゴーストは語る(後編)
王都南東の外れにある、小さな公園。
古びたベンチと錆びた遊具がぽつんと並ぶ、誰の気配もない静かな場所だった。
「ティティ、ここ来たことありますわ。たしか三日前、アイス食べた場所ですの!」
「おまえ、それいろんな場所で言ってないか?」
「おいしい記憶は、ぜんぶ宝物ですの!」
ネルドの記憶によれば、日記はベンチの下に置いたはず。
センターの一行は、手分けして探しはじめた。
グレンは無言でスコップを使い、木の根元を掘り返す。
ミーナは魔力探査の結界を広げ、霊的な痕跡を追う。
そしてティティは――ベンチの上で寝転んでいた。
「……なにしてんだ」
ライクが呆れたように声をかける。
「ティティ、記憶って“夢のなか”で出てくることありますの。なので、いま思い出す準備ですの〜」
「それは完全に寝てるだけじゃねーか……!」
「ちがいますの。“ねむり作戦・第3形態”ですわ!」
ライクがツッコもうとしたそのとき、ミーナが声を上げた。
「……見つけました〜」
ベンチの影。
木の根の間に、黒い布張りの冊子が、土と草に半ば埋もれていた。
ネルドの声がふわりと空中に響く。
「おお……! 本当に……!」
ライクが肩をすくめる。
「自分で来ればよかったんじゃねぇの? このへんならすぐ見つかりそうなもんだし」
「ええと……霊体で地面の近くにいすぎると“沈みがち”でして……あと、このあたりの木の根、けっこう魔力吸うんですよ……。ぼわ〜ってなって……」
「ぼわ〜って何だよ」
「なんか、漂っちゃうんです……」
ミーナがやさしく土を払いながら、日記をネルドに手渡す。
「でも、無事でよかったです〜」
「はい……ありがとうございます。よろしければ、内容を少し……」
ライクが隣に立ち、ページをそっと開く。
丁寧な筆跡で綴られた日記には、静かな感情がぎっしり詰まっていた。
『今日はパン屋の煙突に鳩がとまっていた。勇者様ならきっと「焼き鳥にするか」と言うだろう……。素敵。』
『子どもの遊ぶ声は“命の音”。戦場の叫びと、どうしてこんなに違うのだろう。』
『夢を見た。勇者様がこちらを向いていた。手は冷たくなかった。夢ってすごい。生きてた頃より幸せかもしれない。』
ミーナは一枚ずつ、静かにめくっていく。
「……これはまるで、“灯ったまましまい忘れた小さなろうそく”のようです〜。弱くても、消えていない……あたたかい火なんです〜」
ティティがくるっと回り込み、別のページをぺらっと開く。
「わー、ここ見てくださいまし! “剣が話しかけてきた。『君のためだけに斬りたい』って!” ぶぶっ……これ絶対、剣が本気ですわ!」
「おまえそれ、笑うなって……」
「だって、ポエムが本気すぎて、ちょっと剣がかわいそうになってきますの……!」
「剣に感情移入すんな……!」
ライクは最後のページを閉じて、そっと息をついた。
「……まあ、なんだ。“忘れられたくない”って気持ち、ちょっとだけ……わかるよな」
ネルドの霊体は日記を胸元にそっと抱きしめて言った。
「本当に……ありがとうございました。……これでまた、“わたしの記録”に新しい一行が加わりました」
ミーナが微笑む。
「わたしも今夜、日記をつけましょう〜。“ネルドさんは、やさしくて、少しさびしがり屋でした”って」
ネルドの光がぽっと明るくなった。
「それは……まぶしすぎます……!」
ティティがぴょんと跳ねて手を挙げた。
「じゃあティティは、“ネルドさん、ポエム界のおばけプリンス!”って書きますわ!」
「なんだその微妙な称号は!」
ネルドはくすくすと笑いながら、だんだんと輪郭を失っていく。
「それでは、“霊のメンテナンス時間”ですので……。あ、今後の連絡は空気経由でお願いしますね」
「だからその“空気経由”ってなんなんだよ……!」
ふわり、とネルドは消えた。
直後、ライクの足元に紙片がひらりと舞い落ちる。
半透明の羊皮紙。そこには整った筆跡でこう書かれていた。
『見つけてくれてありがとう。わたしの記録は、あなたたちの記録にもなると、思うのです』
ティティがそれを拾い上げ、きらきらした目で掲げる。
「わーっ! ネルドさんからお礼のメモですの〜! センターポイント、ひとつゲットですの!」
「だからそのポイント制度なんなんだよ……」
ミーナが微笑む。
「記憶に“点”がつくなら……たしかに、わたしも日記、書きたくなってきますね〜」
「でも毎日“とくになし”って書くと、あとで読み返すとちょっと切ないですわ……」
「そこはもう少し頑張れよ……」
その夜、宿に戻ると、テーブルの上に一通の封筒が置かれていた。
差出人は記されていなかったが、封には王都治安ギルドの紋章が刻まれている。
ライクがそっと封筒を手に取る。
「……ギルド?」
ミーナが封蝋を確認し、こくんとうなずく。
「はい、正式な依頼文のようです〜。“派遣要請書”。ただし……封の折り方が少し、古い型式ですね〜」
「また変なやつ来たか……?」
ティティが覗き込み、ぱっと目を輝かせる。
「おしごとってことは……お給料発生コースですわ!」
「おまえ、現実的すぎてちょっと心配になるわ……」
ライクが封を切ろうとした瞬間、グレンがすでに荷物を背負って立っていた。
「……やっぱりな」
ライクは苦笑して、封筒を懐にしまった。
「次の仕事、来たらしい」