第12章 2. 出発! ニャンフレア号大騒動
港町へ向けての出発は、朝の光がまだ柔らかい時間だった。
「よーし、準備よし! ニャンフレア号、出発ですわ〜!」
ティティが助手席の上で旗を振るように腕を高く掲げる。
「旗なんて持ってないだろ」
ライクが苦笑しながら手綱を取ると、馬車は石畳を軽やかに進み出した。
出てすぐの街道で、さっそく事件が起きた。
「もくもくしてきましたわ……?」
前方の道が白い霧で包まれていく。
「魔法性霧だな……視界がほぼゼロになる」
ライクが速度を落とすと、ティティが胸を張る。
「こういう時こそ方向感覚テストですわ! わたくし、真っすぐ進める自信がありますの♡」
「じゃあ、わたしも〜。神さまが『右に行け』って仰ってます〜」
「えーっと……オイラは左だと思うぞ?」
「……」
グレンは何も言わずに前方を指す。
結果、全員の指す方向がばらばらになり、
ニャンフレア号は霧の中で小さくぐるぐる回ってしまった。
「……酔うっ!」
ルーンがしっぽをぴんと立て、後ろに倒れ込む。
霧を抜けると、次は屋根の上から視線を感じた。
「おにーさま、上に何か……!」
ティティが指差す先、そこにはふわふわの毛並みをした温泉猿が鎮座していた。
「猿? どこから……」
「オイラの席だぞコラ!」
ルーンが縄張りを主張するように屋根へ飛び乗り、
猿と鼻先をくっつけて「キシャーッ!」と威嚇し合う。
しかし次の瞬間——
グレンが静かに屋根に上がり、猿をじっと見下ろした。
「……」
無言の圧。
猿は肩をすくめるようにして、すとんと地面に降りていった。
「グレンさま、強すぎますの……」
「……鹿より軽い」
平和が戻ったかに見えたが、休憩で立ち寄った小広場でも騒ぎは起きた。
「見てください! これが魔導カーナビですわ!」
ティティが露店で見つけた古びた魔導具を、面白がって荷台に設置する。
『次の分かれ道を右です〜。
その先には……絶景寄り道コース! 時間は倍ですが景色は最高ですの〜!』
「おいおい、勝手にルート変更するな!」
ライクが慌てて取り外そうとするが、ナビは愉快な声で目的地を上書きしてしまった。
「寄り道賛成ーっ!」
ルーンとティティの声が重なり、
ニャンフレア号は予定外の細道へと入っていく。
寄り道の先で何が待っているのかは——
まだ、この時の誰も知らなかった。




