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元・勇者引っ越しセンター  作者: Kahiyuka
第1章 はじまりは引っ越し屋から
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第1章 7.ゴーストは語る(前編)

夜更け。

宿の扉が、誰の手にも触れられていないのに、静かに開いた。


「……おにーさま。ドア、ひとりで開きましたの」


ティティがスプーンを止め、眉をひそめる。


「風だろ。閉めとけ」


「でも“ひゅる〜〜”って音がして、あと廊下のランプもぱちんって消えましたの」


「……それはたぶん、風じゃないな」


ミーナが席を立ち、扉の方へ向かって、静かに一礼した。


「どうぞお入りください〜。ご予約のお客様でしょうか」


すぅ……と、冷たい空気が流れる。

そして、光が淡くゆらいだ次の瞬間――


室内に、半透明の紳士がふわりと現れた。


シルクハットにステッキ、金縁の眼鏡。

どこか旧時代の貴族を思わせる風貌。


「こんばんは。“元・勇者引っ越しセンター”の皆さまですね?」


ティティがぱっと立ち上がった。


「うわっ、本物ですの!? しゃべるおばけさんって、ほんとにいたんですの!?」


「もうちょっと怖がってくれ……」


「だって、光ってて、お上品そうで、あと……ちょっといいにおいしますの」


「おばけが“いいにおい”ってどういう感想なんだよ……」


幽霊は空中にふわっと腰を下ろすような動作を取り、優雅に頭を下げた。


「ネルドと申します。死後三百二十年。趣味は読書と独り言。特技は……漂うこと、でしょうか」


「なんだそのやけに完成されたプロフィール……」


「リッチさんから紹介されまして。実は少し、変わったお願いがありましてね」


ライクが腕を組み、椅子にもたれかかる。


「見た目からして、普通の依頼じゃなさそうだな」


ネルドは申し訳なさそうに目を伏せた。


「……わたくし、霊体のまま“日記”をつけておりまして。『死後日記』とでも言いましょうか。ですが先日、それをうっかり現世に置き忘れてしまったのです」


「……“死後日記”? そういうジャンルあったっけ」


「わたくしなりの、生前の反省と、あの世での観察記録と、心の整理……のようなものでして」


ティティがスプーンを持ったまま、首をかしげる。


「それ、たいせつなやつですのに、どうして置いてきちゃったんですの?」


「つい、地上の公園を散歩していて……ベンチに、ぽんと……」


「ぽんはだめですの。たいせつなものは、“ぎゅっ”って持ってないと!」


ネルドは感心したようにうなずいた。


「まさしく……おっしゃるとおりです……」


ミーナがそっと問いかける。


「その日記には、どのような内容が?」


ネルドは少し照れたように、光をゆらめかせた。


「主に、孤独、反省、後悔……そして、勇者様への個人的な憧れを書いております。少し、詩的な表現も……」


「……ポエム入りか」


ネルドは小さくうなずく。


「昔から、勇者様に憧れていたのです。ごつくて、真っ直ぐで……どこか抜けていて、それでも全力で人を守ろうとする……そんな方に」


ティティがくいっと手を上げた。


「それ、ちょっと“てきとうに好きなとこ”をくっつけた感じですわ。なんか、思いついた順にしゃべってましたの?」


ネルドははっとして、ゆらりと浮いたまま硬直する。


「……言われてみれば……わたくしの勇者像、わりと雑に合成されていたような……」


ミーナがうっすらと笑みを浮かべて口を開く。


「理想の偶像は、おしなべて曖昧で、都合よく美化されたものです〜」


ネルドはふわっと顔を覆った(ように見えた)。


「うう……幻想がまた……ひとつ……」


「そのリアクション、慣れてる感じだな」


ネルドは体勢を立て直し、再びきちんと宙に浮かんで深く頭を下げた。


「とにかく、その日記が人の目に触れてしまうと……わたくし、成仏的な意味で気持ちの整理がつかないのです」


「死んでるのに“整理つかない”ってパワーワードすぎるだろ……」


ライクは一度大きく息を吐き、空を仰いだ。


「……引っ越しでもないし、拾い物だし、依頼主は幽霊。……本当に、何屋なんだ俺たち」


「でも、ティティはやりますわ! おばけさんの“ぎゅっ”忘れもの、ちゃんと拾ってきますわ!」


ミーナも目を閉じて頷いた。


「亡者の願いもまた、救済の対象です〜」


グレンは無言のまま、すでに荷物を背負っていた。


ライクは立ち上がり、軽く肩を回す。


「“なんでもやる”って言ったのは、おれだ。……よし、受けよう」


ネルドの光がふわりと強まる。


「……ありがとうございます! 皆さま……本当に……!」


「いいから、日記は今度こそ“ぎゅっ”って持っとけよ」


「……はい。肝に銘じます……!」



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