第11章 1.極秘訪問
夜の王都は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
その静けさを破ったのは、センターの玄関を「コン、コン」と叩く音だった。
ライクが帳簿から顔を上げる。
「……客か? この時間に?」
ティティはソファでクッションを抱えながら首をかしげる。
「夜ふけに来るお客さんって、なんかドキドキしますわね。おにーさま、怖い話じゃないですわよね?」
「さあな……」
玄関を開けると、外套のフードを深くかぶった長身の男が立っていた。
「……やあ、こんな時間に悪い」
低い声。
見覚えのある立ち姿。
「カイン……か」
ライクの言葉に、フードの下の鋭い目がわずかに笑った。
「久しぶりだな。……中、いいか?」
数分後、カインは応接テーブルの前に腰を下ろしていた。
外套を脱ぐと、鎧も騎士団の徽章もない。代わりに、疲れの色が浮かんでいた。
「で、用件は?」
ライクの問いに、カインは少しだけ言いにくそうに口を開く。
「……お前たちに頼みたいことがある。騎士団の仕事だが、表立っては動けない案件だ」
ティティが身を乗り出す。
「なんですの? 宝探し? 秘密の任務? それとも……おやつ関係ですの?」
「おやつは関係ない」
即答するカインに、ティティは「ちぇー」と口を尖らせる。
「若い部下がな……貴族の屋敷でやらかした」
カインは低く続ける。
「展示品を“手入れのため”だと言って持ち帰ったらしいが、許可を取っていなかった。
しかも、その品が“持ち主以外には返却できない”妙な魔法仕掛けでな……」
「つまり、公に動けば騎士団の恥になるやつだな」
ライクが短くまとめると、カインはうなずいた。
「返すなら今夜しかない。だが俺は停職中で、団の正式任務には出られん。
……そこで、お前たちに代わりに動いてほしい」
ミーナが柔らかく微笑む。
「事情はわかりました〜。でも……その部下さん、きっと反省してますよね」
「ああ。だが、やらかした責任は俺の管理にもある」
ティティが顎に指を当てる。
「ふむ……それはつまり、“秘密のお引っ越し”ですわね。おにーさま、これは引き受けてもいいやつですわ!」
「おまえ、判断基準が軽いな……」
ライクは小さく笑い、カインの方を向いた。
「……いいだろう。最初の依頼の貸しもあるしな」
カインはわずかに目を見開き、それから短くうなずいた。
「助かる。……やはり、お前たちに頼んで正解だった」
ティティがにっこり笑って、勢いよく立ち上がる。
「じゃあ準備ですわ〜! 夜の潜入って、なんだかワクワクしますの!」
「遊びじゃないからな!」
ライクの声を背に、ティティはすでに荷物置き場へ駆け出していた。
この後、夜の貴族街へ向かう準備が静かに始まった。
表に出ない依頼――だが、それは彼らにとって、初めての恩を返す大事な機会だった。




