第1章 6.死者にも日当たりを(後編)
翌朝。
王都南区の丘陵地。
指定された“日当たりのいい新居”は、かつての霊廟を改築したものだった。
石造りのアーチと大理石の階段。
だが周囲には草花が咲き、鳥の声が聞こえる。
空は高く、地下納骨堂の閉塞感とは正反対だった。
ティティは草むらの上でぐるぐる回っていた。
「ひろ〜い! あかる〜い! ティティここに住みたいですわ〜!」
「おまえはまず、“爆発が起きにくい”場所を選べよ……」
ライクがため息まじりに階段を見上げる。
「……しかし、これが墓だったってのか?」
ミーナが手元の古文書を確認しながら頷く。
「記録では“静養祈念室”とあります〜。高位の僧侶が、祈りの合間に日向ぼっこするための場所だったとか」
「それもう、半分サンルームだろ……」
午前の日差しの中、一行は慎重に搬入を始めた。
まずは蔵書。
ミーナが魔法陣を刻んだ布を敷き、浄化と定着の魔法を発動する。
「清浄たれ、紡がれし言葉よ……」
結界がやわらかく空気を包み、リッチの古文書を“外界の汚れ”から守る。
「これで数年は紙の劣化が抑えられます〜」
「さすが僧侶……そのへんの清掃魔法より信頼できるな」
続いて、魔導具と標本。
ティティは小さな指で細かい器具を器用に持ち上げ、並べては唸っていた。
「うーん……これは“ぴかぴかする玉”、こっちは“さわるとジーンってする石”ですわ。あとこれ、“なんかしゃべるやつ”!」
「説明が全部ざっくりすぎる!」
「だいじょぶですの、ティティちゃんと順番に並べてますから!」
たしかに並びは妙に整っていた。
道具の反応特性に合わせて、発熱系と振動系を離すなど、意外なセンスを発揮している。
「魔法貴族の末裔は伊達じゃないってことか……」
問題は、骨だった。
山積みの木箱の中には、“誰かの一部”がたくさん詰まっていた。
ラベルはあるが擦れて読めないものも多い。
ティティがひとつの箱を開けて首をかしげる。
「これ、“て”と“あたま”がいっしょになってますの。……“なかよしセット”って書いといてもいい?」
「絶対だめだ! ちゃんと名前で管理しろ!」
グレンは黙々と木箱を運んでいたが、その中のひとつに混ざっていた石がふと目に留まった。
それはわずかに光を放っていたが、他の品と混ざって乱雑に詰められている。
グレンは少しだけ眉をひそめ、周囲を確認してから箱の中身を整え、
その石を他の魔導具とは別に取り出して、ミーナのもとへそっと差し出した。
「……これ、ただの装飾じゃない。わたしが調べますね〜」
ミーナが柔らかく微笑みながら受け取り、光を透かして祈りを込める。
結界がふわりと広がり、石の輝きが少しだけ落ち着いた。
「あら……これ、“だれかのきもち”が残ってます〜。大事にしないと、かわいそうです〜」
グレンは小さく頷くと、黙ってまた次の木箱を担ぎ上げた。
昼前には作業はすべて終わった。
ラストの木箱を降ろすと、リッチは階段の上に立ち、陽の光を浴びる。
目の奥の魔力が、いつもより少しだけ明るく見えた。
「……眩しいな。だが、悪くない」
その姿を見て、ティティがぽそっとつぶやいた。
「……かっこいいですわ。がいこつさんなのに、きらきらしてる」
「言ってること矛盾してるけど、まあ……気持ちはわかる」
リッチは静かに歩み寄り、小さな袋を差し出した。
金貨の重み。音は柔らかく、しかし確かな“成果”の証。
「契約通りの報酬だ。……期待以上だったよ、君たちは」
ライクが受け取りながら、少し肩をすくめた。
「そりゃどうも。“骨が折れる”仕事だったよ」
「うまく言ったつもりだろうが、骸骨の前で言うと、皮肉に聞こえるな」
「……すみませんでした」
リッチはくすりと笑い、ライクたちに背を向ける前に、ふと立ち止まった。
「……そうだ。紹介したい依頼人がいる」
「誰だ?」
「それはまだ言えない。だが、君たちのことは伝えてある。もし向こうが興味を持てば……きっと連絡が来るだろう」
「……了解。“センター”として、受けて立つよ」
リッチの眼窩が、また仄かに笑ったように見えた。
「ではまた。……私の友人たちも、君たちの働きに感謝している」
その言葉のあと、丘を吹き抜ける風が、木々の葉を揺らした。
骨の入った木箱のひとつが、きぃ、と小さな音を立てたようにも聞こえたが――
ライクはあえて、見なかったことにした。
帰り道。
ティティが馬車の上で両手をぶんぶん振りながら叫んだ。
「ねぇねぇ、次はどんな依頼ですの? もしかして、もふもふモンスターのおうちおひっこし?」
「いや、逆に“ぐちゃぐちゃモンスター”かもしれないぞ」
「えーっ! それでもティティ、なでなでしたいですわ〜!」
「やめろ! 依頼人を“ペット扱い”するな!!」
グレンは手綱を握りながら無言で笑みのような目をした(気がした)。
ミーナはひとり、小さく祈っていた。
「神さま、次の依頼ができれば……もう少し静かなものでありますように……」
馬車の車輪が石畳を叩き、街の音がだんだんと近づいてくる。
“元・勇者引っ越しセンター”。
その名のもとに、また新しい仕事が動き出す――。