表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・勇者引っ越しセンター  作者: Kahiyuka
第9章 大物依頼、来ちゃいましたの
58/126

第9章 6.忘れられた記憶の始まり

引っ越し作業は、思ったより順調だった。

もちろん、「思ったより」という前置きがつく。


玉座が回転して勝手に玉座自撮りを始めたり、巻物が主張の激しい歌を歌い出したり、擬態スライムがティティの荷物に紛れ込んで“もふもふのマフラー”として認識されたり――いろいろあった。


が、最終的にはグレンの圧とライクの根気、そしてティティの「ですの!」砲によって収まり、倉庫2区画ぶんの荷物を全て箱詰めすることができた。


「ふぅ……本当に終わったんですのね……」


ティティが髪をくくり直しながら息をつく。


「このスライム、帰ったら洗濯できるかな?」


「それもうスライムじゃなくてペットじゃん……」


ルーンがしっぽで荷札を貼っているとき、ふとある疑問が浮かんだ。


「なぁ……この荷物、持ち主の名前ってどれにも書かれてないのな」


「ん? ルグロス様の?」


「いや、それもだけど……ほら、ここ」


ルーンが古びた本の裏表紙を見せる。

そこにはかすれた文字が残っていたが――


“◯◯と対峙した夜。あれが運命の――”


「……“誰と”ってとこが、読めない」


ティティも別の巻物を開く。

そこにも、“光の戦士”や“剣の閃き”といった記述はあるのに、名前がどれも抜け落ちていた。


「ねえ、おにーさま。ここに、あなたの名前があってもおかしくないんじゃありませんの?」


ライクは、しばらく黙ってから答えた。


「……そうだな。少なくとも、“かつて戦った”相手の記録には、何か残ってていいはずだ」


ルグロスが、後ろから静かに言葉を継いだ。


「私も……誰かと戦ったという記憶は、あるのです。

 その人物の顔も、声も、剣の重さも、ほんのわずかに手のひらに残っているような感覚だけが……けれど――」


ルグロスは目を伏せた。


「“誰だったか”が、まったく思い出せないのです」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。


「もしかして……勇者だけじゃなく、“魔王”の名前も、世界から少しずつ――」


ティティが口にしかけたとき。


――カラン。


何かが床に落ちる音がした。

それは一冊の古い手帳。搬出の際、棚の奥から落ちてきたものだった。


ライクが拾い、そっと開く。


表紙には、文字がひとつだけ書かれていた。


「記録に残らない者たち」


そしてその1ページ目には、こう記されていた。


「我々はすでに、“語られない側”になった。

 だが――誰かが覚えている限り、存在は消えない」


「……これ、誰が書いたんでしょうね?」


ミーナの問いに、ライクは小さく答えた。


「……わからない。けど……これが、俺たちの仕事の意味かもしれない」


ティティがしっぽマフラーをぎゅっと握った。


「じゃあ、ちゃんと届けましょう。この荷物も、この名前も。

 忘れられないように、ちゃんと、“運びきる”のが、わたくしたちの仕事ですのよ!」


「……ああ」


元・勇者とその仲間たちは、

誰も知らない名前と、誰かが忘れた記憶を――

今日も引っ越しという名の手段で、確かに運び続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ