第9章 4.元・勇者、元・魔王と再会す
センターの馬車は、王都を出て西の谷を越え、魔界との境にある丘陵地帯へと差しかかっていた。
このあたりは“魔界郊外”と呼ばれながらも、空気は澄み、花も咲き、普通にピクニックができそうな風景が広がっている。
「魔界って、もっとこう……赤くて黒くてドロドロした感じだと思ってましたの」
「たぶん、それは昔の話じゃないかな……」
ミーナがぼんやりと空を見ながらつぶやく。
「でも道中、魔獣も盗賊も出ないし、静かすぎるくらいだな」
ライクが手綱を引きながら辺りを見回す。
「……むしろ静かすぎてコワイんだが」
ルーンは荷台の上で毛を逆立てている。
やがて馬車は、小高い丘のふもとに建つ一軒家の前で止まった。
黒い屋根、白い外壁、手入れの行き届いた庭木――どう見ても上品な郊外の別荘だ。
「え、ここ……“旧魔王の隠れ家”とかじゃなくて、“おしゃれな隠居宅”なんですけど!?」
「“元・魔王”、いまは隠居してるって話だったろ。まぁ、それっぽいな」
ライクが馬車を降りて扉に向かうと、玄関がすっと開いた。
出てきたのは、漆黒のローブをまとった男。
銀の髪を後ろに束ね、端正な顔立ちで背は高く、気配は静か。
「ようこそお越しくださいました。“元・魔王”などという肩書きはすでに捨てておりますが、ルグロスと申します」
「……ライクだ。“元・勇者”……だったかもしれない」
ふたりの視線が、ぴたりと交差する。
かつて敵として剣を交えた者同士。だが今、そこには憎しみも殺気もない。
ただ、忘れ物を見つけたような奇妙な懐かしさだけがあった。




