第9章 3.はじめての“ちゃんとした”依頼……のはずが?
「……これは、さすがにドッキリでは?」
ティティが黒封筒の中身を何度も読み返しながら、目をぱちぱちさせている。
手紙の文面は驚くほど丁寧だった。
引っ越し対象は旧魔王城の一部――書斎と玉座の間、加えて倉庫2区画。
目的地は魔界郊外の別荘地で、魔力の残留があるため一定の対応力が必要。
なお、私は“元・魔王”です。戦うつもりはありません。
静かに引退生活を始めたいだけです。
ルーンが耳をかきながら言う。
「いやいや、ふつう“元・魔王”って名乗らないだろ。丁寧すぎて逆にこえぇよ」
「“静かに引退したい”って書いてますわよ!?
ぜったい静かにならないやつですわ!!」
「でも……丁寧で、礼儀正しい文面です〜」
ミーナがにっこり微笑む。
「問題は……本物かどうかだな」
ライクが手紙の封蝋を見つめる。
それは、かつて王国の歴史資料館に展示されていた「魔王の象徴」――黒い双頭の蛇の紋章だった。
「……たぶん、偽物じゃない。本物の、元・魔王ルグロスからの依頼だ」
ティティがイスの上で飛び上がる。
「もしかして……これ、“知名度が上がった”ことのせいですの!?」
「“やばいやつにもバレた”ってことだな」
ルーンが床にごろんと転がる。
「でも、内容だけ見れば、ちゃんとした引っ越し依頼……なんですよね」
ミーナがふんわりと確認する。
「そうだな。しかも条件は悪くない。前金あり、礼儀あり、信頼に値する……」
「いやでも、元・魔王ですよ!? おにーさま、元・勇者ですよ!?
絶対なにか起きますわよこれ!!」
「だからこそ――受けてみる価値があると思う」
ライクが、ゆっくりと笑った。
「もう“戦う”時代じゃない。たとえ相手が、元・魔王でも。
いまのオレは、“引っ越し屋”だからな」




