第9章 2.引っ越し屋なのに、占い・祈祷・呪い返し!?
「……次の方、どうぞー……」
受付に立つルーンの声は、すでにあきらめの境地に達していた。
センターの応接室では、今日だけですでに二十件目の依頼相談が進んでいる。
「この家、三代にわたって“何か”が住んでる気がするんです。見えないけど気配がするんです。なので、その、退けてもらえますかね……?」
「なにを?」
「わからないんですけど、たぶん“なにか”です……」
「オイラ、説明できない相手と戦ったことないんだけど……」
別室ではティティが、香を焚いた老婆に腕を握られていた。
「あなた……すごく強い星の下に生まれているわね……この指輪を持って……婚期が早まるわ……!」
「え、引っ越しの話は!?」
「そのうち来るわ……恋と引っ越しはタイミングよ……!」
「どこで悟り開いてますのーっ!?」
廊下ではミーナが、占い師のような依頼人に“今朝の卵の割れ方”をじっと説明されている。
「これが、“吉兆”というやつなんですね〜。なるほど〜」
「ミーナさん、ああいうの全部信じちゃいますから、だめですわ!
また引き受けそうになってますの!!」
そして、ライクとグレンは――。
巨大な仏像(※自称:精霊の器)を運んでほしいという依頼人と、
「魂が入ってるんで、優しく運んでくださいね」と微笑む青年を前に、ただ黙っていた。
「……グレン。おまえ、動かせるか?」
「…………(小さくうなずく)」
「そうか……なら、やるか……!」
※なお報酬は小麦粉10袋とのこと。
⸻
昼過ぎ。やっと依頼人がひとしきり帰っていったあとの応接室で、ティティがため息をついた。
「本当に……これでいいんですの?」
「いいわけねーだろ」
ルーンがソファでぐったりと横になっている。
「たしかにうちは“なんでも運ぶ引っ越し屋”ですけど、心の荷物とか霊的な何かとか、運ぶ対象が抽象的すぎますの!」
「“縁を切ってほしい”って依頼が三件来てたの、あれはなんだったんでしょうね〜」
「こわいですわ、あの人たちの人間関係が一番こわいですわ……!」
「まさか“うちの庭に降りた神さまを移してくれ”とか言われるとはな……」
「オイラたち、いつから“神さま引っ越しセンター”になったんだっけ……」
そのとき――
カラン……。
受付のベルが、ひときわ静かな音を立てた。
「……なんか、今日の中で一番まともな音がしましたわね……」
玄関にいたのは、背の高い配達人。
黙って一礼し、机の上に黒封筒をそっと置いていった。
誰もがその場で動きを止めた。
封筒には、こう書かれていた。
依頼主:ルグロス
件名:特殊建造物の移設依頼について
ライクが、目を細める。
「……その名前……どこかで……」
「わたくし、聞き覚えがありますの……でも、まさか……」
「オイラも知ってるぞ。昔、寝る前に“悪い子にはこの名前が来るぞ”って言われてたやつだ……」
ティティがおそるおそる封を切る。
そこには、美しい筆致で丁寧にこう記されていた。
拝啓 元・勇者ライク様
あなたの働きぶりを拝見し、信頼に値する方と感じました。
つきましては、旧魔王城より、いくつかの部屋を移していただきたく思います。
私は――元・魔王ルグロスと申します。




