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元・勇者引っ越しセンター  作者: Kahiyuka
第1章 はじまりは引っ越し屋から
5/50

第1章 5.死者にも日当たりを(前編)

夜。

宿のポストに、一通の封筒が差し込まれていた。


焦げ茶色の羊皮紙。封蝋(ふうろう)には古代王国の紋章。

ライクが慎重に開封すると、中から達筆な文字が現れた。


引っ越しの依頼を希望する。

現住所:王都南区外れ、旧地下納骨堂E-3

転居先:王都南区丘陵地、陽の差す場所

特記事項:書物と骨は慎重に扱うこと。

魔力反応の強いものが混在しているが、害意なし。

可能であれば夜間に来られたし。


——F・M・リッチ(階級:大賢死者)


ライクは眉をひそめ、じっと読み終えた。


「……丁寧なのに、圧があるっていうか……」


ティティがぱっと顔を明るくして、勢いよくうなずく。


「ティティ知ってますの! リッチって“えらくて骨っこなゾンビ”のことですわ!」


「言い方、何ひとつ正確じゃねえ……」


ミーナが静かにうなずく。


「確かに“不死者”ではありますけど、文章に礼節がありますね〜。依頼文としては誠実なんです〜」


「問題はそこじゃなくて、“依頼人がふつうに討伐対象”ってことだよ……」


グレンはすでに台車にロープを括っていた。


「……準備早いな」


王都南区の外れ。

かつて教会の管理下にあった地下納骨堂E-3は、今や放棄され、“そういう存在”の棲み処となっていた。


入り口の石段には白い霧がたちこめ、ひんやりした空気が流れてくる。


ティティは足を止め、マントの裾をもぞもぞと握った。


「うぅ……じめじめで暗いの、きらいですわ……火がしめっちゃう気がしますの……」


「火の玉出すやつが湿気に弱いってどういう理屈なんだよ」


重い石扉の前に立つと、中からギギギ……と鈍い音が響いた。

扉が開き、現れたのは、深紅のローブに身を包んだ骸骨の男。


王冠のような金属装飾を頭にまとい、眼窩には仄かな紫光。


「やあ、“元・勇者引っ越しセンター”の皆さんだね?」


ティティはパッと表情を明るくして、こくこくとうなずいた。


「はいっ、お骨のお引っ越し、まかせてくださいませー!」


「雑っ! 言い方雑っ!」


ライクが小声でツッコむ。


納骨堂の中は、思ったよりも広く整然としていた。


書棚に並ぶ古文書、整然と積まれた木箱、ガラス瓶、保存壺、魔導装置。

壁には結界の痕跡があり、空気は静かだが不気味さは感じない。


ミーナが慎重に歩きながらつぶやく。


「……これは“研究施設”ですね〜。学術結界が張られてます〜」


「マジで地下大学かよ……」


骸骨の男――リッチは、すぅと空中を滑るように移動しながら言った。


「この場所も長く使っていたのだが、最近どうにも湿気がひどくてね。紙類が傷みはじめていて」


「え、それが理由なんですの?」


「紙と骨は湿気に弱いんだ。苔も生えるし、掃除が大変でね。……それに、太陽が恋しくてな」


「……そのセリフ、不死者が言うもんじゃないですわ」


「引っ越し先は、丘の中腹。乾燥、陽当たり、風通し。環境は大事だよ」


「不動産屋の口ぶりだな、おい……」


納骨堂の奥、壁際に積まれた木箱のひとつを、ティティがそっと持ち上げる。


「これ、なにが入ってますの?」


「私の友人の一部だ。ファロンという名の錬金術師でね、大事な仲間だった」


「はーい! ていねいに運ばせていただきますわ!」


「……軽い! 全体的に軽い!」


リッチは笑みのような魔力の光を目に灯し、そっと棚から一冊の古書を取り出した。

光の膜で丁寧に包みながら、語る。


「これは、私自身の記憶を綴ったものだ。これだけは、特に慎重に頼む」


ライクは真顔でうなずきつつ、背後を指さす。


「ティティ、触るなよ」


「えっ? まだ何もしてませんのに!?」


「“しそう”だから言ってるんだ」


ライクは全体の荷物量と搬出経路をざっと見て、苦い顔をした。


「……けっこう多いな。しかも、こだわりも強い」


「当然だ。私の人生――いや、半生が詰まっているからな」


「……死んでるのに“半生”って言うの?」


「言えるのが、君たちが“元・勇者”だからだろうね」


ライクは少しだけ目線をそらす。

その背後で、リッチの眼窩(がんか)が、(ほの)かに“笑ったように”光った。



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