第1章 5.死者にも日当たりを(前編)
夜。
宿のポストに、一通の封筒が差し込まれていた。
焦げ茶色の羊皮紙。封蝋には古代王国の紋章。
ライクが慎重に開封すると、中から達筆な文字が現れた。
引っ越しの依頼を希望する。
現住所:王都南区外れ、旧地下納骨堂E-3
転居先:王都南区丘陵地、陽の差す場所
特記事項:書物と骨は慎重に扱うこと。
魔力反応の強いものが混在しているが、害意なし。
可能であれば夜間に来られたし。
——F・M・リッチ(階級:大賢死者)
ライクは眉をひそめ、じっと読み終えた。
「……丁寧なのに、圧があるっていうか……」
ティティがぱっと顔を明るくして、勢いよくうなずく。
「ティティ知ってますの! リッチって“えらくて骨っこなゾンビ”のことですわ!」
「言い方、何ひとつ正確じゃねえ……」
ミーナが静かにうなずく。
「確かに“不死者”ではありますけど、文章に礼節がありますね〜。依頼文としては誠実なんです〜」
「問題はそこじゃなくて、“依頼人がふつうに討伐対象”ってことだよ……」
グレンはすでに台車にロープを括っていた。
「……準備早いな」
王都南区の外れ。
かつて教会の管理下にあった地下納骨堂E-3は、今や放棄され、“そういう存在”の棲み処となっていた。
入り口の石段には白い霧がたちこめ、ひんやりした空気が流れてくる。
ティティは足を止め、マントの裾をもぞもぞと握った。
「うぅ……じめじめで暗いの、きらいですわ……火がしめっちゃう気がしますの……」
「火の玉出すやつが湿気に弱いってどういう理屈なんだよ」
重い石扉の前に立つと、中からギギギ……と鈍い音が響いた。
扉が開き、現れたのは、深紅のローブに身を包んだ骸骨の男。
王冠のような金属装飾を頭にまとい、眼窩には仄かな紫光。
「やあ、“元・勇者引っ越しセンター”の皆さんだね?」
ティティはパッと表情を明るくして、こくこくとうなずいた。
「はいっ、お骨のお引っ越し、まかせてくださいませー!」
「雑っ! 言い方雑っ!」
ライクが小声でツッコむ。
納骨堂の中は、思ったよりも広く整然としていた。
書棚に並ぶ古文書、整然と積まれた木箱、ガラス瓶、保存壺、魔導装置。
壁には結界の痕跡があり、空気は静かだが不気味さは感じない。
ミーナが慎重に歩きながらつぶやく。
「……これは“研究施設”ですね〜。学術結界が張られてます〜」
「マジで地下大学かよ……」
骸骨の男――リッチは、すぅと空中を滑るように移動しながら言った。
「この場所も長く使っていたのだが、最近どうにも湿気がひどくてね。紙類が傷みはじめていて」
「え、それが理由なんですの?」
「紙と骨は湿気に弱いんだ。苔も生えるし、掃除が大変でね。……それに、太陽が恋しくてな」
「……そのセリフ、不死者が言うもんじゃないですわ」
「引っ越し先は、丘の中腹。乾燥、陽当たり、風通し。環境は大事だよ」
「不動産屋の口ぶりだな、おい……」
納骨堂の奥、壁際に積まれた木箱のひとつを、ティティがそっと持ち上げる。
「これ、なにが入ってますの?」
「私の友人の一部だ。ファロンという名の錬金術師でね、大事な仲間だった」
「はーい! ていねいに運ばせていただきますわ!」
「……軽い! 全体的に軽い!」
リッチは笑みのような魔力の光を目に灯し、そっと棚から一冊の古書を取り出した。
光の膜で丁寧に包みながら、語る。
「これは、私自身の記憶を綴ったものだ。これだけは、特に慎重に頼む」
ライクは真顔でうなずきつつ、背後を指さす。
「ティティ、触るなよ」
「えっ? まだ何もしてませんのに!?」
「“しそう”だから言ってるんだ」
ライクは全体の荷物量と搬出経路をざっと見て、苦い顔をした。
「……けっこう多いな。しかも、こだわりも強い」
「当然だ。私の人生――いや、半生が詰まっているからな」
「……死んでるのに“半生”って言うの?」
「言えるのが、君たちが“元・勇者”だからだろうね」
ライクは少しだけ目線をそらす。
その背後で、リッチの眼窩が、仄かに“笑ったように”光った。